大学のオープンキャンパス、展示会、学会、地域イベントなど、多くの人が短時間に移動する会場では、
来場者をどの方向へ案内するかが運営上の重要な課題です。
案内板配置の多くは現場経験頼み
案内板や誘導サインの配置は現場の経験に基づいて決められることが多く、時間帯による混雑状況や
来場者の目的の変化に合わせて、柔軟に配置を変更することは容易ではありません。
経験がなくてもデータに基づいて配置したい
カメラやスマートフォンの位置情報で人の流れを計測可能
しかし、設備の導入・運用が高コスト、
個人情報やプライバシーへの配慮も必要
人の流れを詳しく把握する方法として、カメラ、ビーコン、スマートフォンの位置情報など
を利用する技術があります。
しかし、設備の導入・運用コストに加え、個人情報やプライバシーへの配慮が必要です。
スタッフが一定時間ごとに区域内の人数を数える方法であれば
個人を特定する情報を収集せず、比較的低コスト
しかし、一人ひとりがどの経路を通ったのかを直接知ることはできない
計測した人数の混雑傾向から、
人がどこからどこへ、どの程度移動しているかを推測できないだろうか?
量子アニーリングを
条件を満たす人の動き方をたくさん作り出す道具
として使えるのでは?
そこで本研究グループは、量子アニーリングを使って、
あり得る移動経路を多数生成し、30 分ごとの人数データから
仮想的な人流を予測する手法を開発しました。
スタッフが一定時間ごと
区域内の人数を計測
個人を追跡せず
混雑傾向を把握
計測結果と
生成した移動経路をもとに
会場の人流を予測
量子アニーリングとは、量子力学の性質を利用し、多数の候補の中から望ましい答えを探す計算技術です。
組合せ最適化の手法として知られていますが、量子アニーリングを一つの最適解だけを求めるために使うのではなく、
条件を満たす複数の移動経路を取り出すサンプリングの手段として用いました。
歩行距離や各区域の人数から推定した移動傾向をモデルに組み込み、多数の経路を集計することで、区域間の人の流れを予測します。
現実の会場に対応する仮想的な人流を計算機上に再構成するこの考え方を、本研究では「量子ツイン」と位置付けています。
これまでの主な利用方法
組み合わせ最適化
いくつもある組み合わせの中から、
一番条件の良い答えを1つ探します。
今回の手法
量子ツイン
条件を満たす複数の結果を生成し、
現実の人流を計算機上に再構成します。
今回の研究では、一つの最適経路に限定せず、複数の可能な移動パターンを生成して集計することで、観測できない個々の移動経路を確率的に推定する方法を示しました。
東北大学工学部のオープンキャンパスにて実証実施。
予測結果に基づいて移動式の案内板を置き直しました。
これにより、本手法を実際のイベント運営に接続できることを示しました。
研究成果が認められ
国際査読誌「Scientific Reports」に
掲載されました!
本研究は「実践的量子ソリューション創出論」の講義内で提案されました。
「実践的量子ソリューション創出論」は、問いの発見から企業への聞き取り、数式での整理、量子技術などを使った解決策の提案まで行う、学部や職種の異なる仲間と取り組む実践講義です。
今回の研究は、講義内で看板の制作・施工などを手がける株式会社美装社さまの課題解決に取り組んだことから始まりました。
講義終了後も受講生らが研究を継続し、Quantum Universe も追加検証や論文化に向けた活動を支援することで、学術論文の掲載という成果につながりました。
会場を 10 区域と会場外に分け、通路のつながりを数理モデル化。
仮想的な歩行者が各時刻にどの区域にいるかをシミュレーションする仕組みを作成。同じ時刻に複数の区域に存在するなど、物理的にあり得ない状態を避ける仕組みを設計。
これを QUBO と呼ばれる形式で表現しました。
QUBO とは Quadratic Unconstrained Binary Optimization
の略で、日本語では「二次制約なし二値最適化」と呼ばれます。
0 または 1 の値を取る変数を用いて、望ましい組み合わせを探す数理モデルです。
スタッフが各 30 分区間の最初の 10 分間、各区域の境界を通過する来場者数を手動のカウンターで記録
記録した人数データと会場の通路構造をもとに、区域間の移動傾向を
30 分ごとに更新。
会場内の偏った混雑傾向を計算機上で再現。
予測された通路利用度を順位付けし、案内板の数や現場での設置可能性を考慮して配置場所を決定。
さらに、30 分ごとに最新の人数データを取り込み、再計算した結果に基づいて移動式の案内板を置き直しました。
疑似量子アニーリングを用いた計算では、物理的な制約を満たしながら、観測された混雑傾向におおむね対応する人流を再構成できました。
一方、同じ QUBO モデルを D-Wave Quantum 社の量子アニーリング実機で計算したところ、一人の歩行者が同じ時刻に複数の区域に存在するなどの、物理的にありえない状態の計算結果が多く発生しました。
実機を利用するには、装置特性に合わせてモデル全体の係数設計を再調整する必要があるという課題も明らかになりました。
今後、今回と同程度の低密度から中程度の混雑環境を対象として、大学行事、展示会、商業施設、観光施設などへの応用が期待されます。
さらに、より複雑な通路構造を持つ会場、複数日にわたるイベント、より混雑度の高い環境で検証を進めます。
また、量子アニーリング実機で制約違反を抑えるため、装置の有効な数値範囲を考慮した係数設計や誤差低減手法を検討し、量子ツインによる人流予測の実用化を目指します。
区域ごとの人数は数えられても、誰がどこからどこへ動いたのかまでは分からない。美装社さんの「看板をどこに置けばいいか」という問いに取り組む中で、最初にぶつかったのがこの壁でした。人数の増減だけを手がかりに移動量を逆算しようとしても、答えが一つに定まらないのです。これが人流予測の難しいところです。
突破口になったのは、経路そのものを量子アニーリングに生成させられるのではないかという大関先生のヒントでした。オープンキャンパスまで残り1週間。一人ひとりの経路を0と1で表し、同時に二か所にいるようなあり得ない動きを除きつつ、観測と矛盾しない経路を3万本描かせて、その重なりから人の流れを読む。そのようなモデルにそれまでの定式化を組み直し、正直ぎりぎりでしたが、当日の運用まで含めて実証に間に合わせました。
当日は炎天下、会場の各所で多くの実験協力者にカウンターを押していただきました。講義の一課題がここまで来られたのは、美装社の狩野社長と、学部の垣根を越えて一緒に取り組んでくれた荒木さん、そして大関先生をはじめとする大関研究室の方々のおかげです。
(安部央人 | 東北大学 大学院情報科学研究科)