実践的量子ソリューション創出論 in 福岡大学(8/3〜8/7)開催レポート
灼熱の福岡で、「量子」に挑んだ5日間
東北大学大学院情報科学研究科 修士1年(開催当時) 秋吉陽生
連日35度を超える猛暑の中、受講生とともに駆け抜けた5日間、福岡大学で開講された「実践的量子ソリューション創出論」では、受講生自身が身の回りや社会の中から課題を見つけ、それを数式へと落とし込み、量子アニーリングを用いて解決に挑戦しました。
私自身、かつて東北大学でこの講義を受講し、仲間とともに試行錯誤しながら一つのソリューションを作り上げさせていただきました。今回はTAとして参加させていただき、テーマ設定から定式化、実装まで、各チームのソリューション創出に受講生と共に伴走しました。
そんな中で目の当たりにしたのは、量子アニーリングに初めて触れる参加者たちが、自分たちで問いを立て、悩みながら数式へと落とし込み、最後には一つのソリューションとして形にしていく姿でした。
もちろん、その道のりは決して順調なものではありませんでした。テーマが決まらない、数式にできない、プログラムが動かない。中には、3日目の終わりになってテーマそのものを変えるチームまでありました。
それでも、最後には全チームが自分たちなりの答えを形にし、発表までたどり着きました。
この5日間、福岡大学で何が起きていたのか。TAとして受講生のすぐそばで私自身が見てきた当時の様子を、少しでもお伝えできればと思います。
ぜひご一読ください。

実践的量子ソリューション創出論 in 福岡大学(8/3〜8/7)
「実践的量子ソリューション創出論」は、受講生がそれぞれの課題意識や知識を持ち寄り、実社会に存在する課題を数式へと落とし込み、量子アニーリングを用いてその解決に挑戦する講義です。
本講義は「量子アニーリングについて勉強する」ことだけが目的ではありません。
自分たちで問いを立て、その問いを数学で表現し、量子アニーリングを用いて解を探索し、それを社会で使える形まで持っていく。そこまでを自分たちの手で経験することが、この講義の大きな特徴です。
私自身も東北大学で開講された本講義に受講生として参加し、課題をご提供いただいた企業の方々とともに、実社会の課題を量子アニーリングで解決することに挑戦しました。もちろん、最初から数式が見えていたわけでも、正解が分かっていたわけでもありません。
「そもそも何を解けばいいんだろう?」
そこから、チームで議論し、問題を少しずつ整理し、数式にして、プログラムを書き、何度もやり直しながら一つの提案へと仕上げていきました。
その経験の中で感じた面白さを、東北大学だけではなく、福岡大学の学生にも経験してほしい。そんな思いとともに、福岡大学で「実践的量子ソリューション創出論」が開講されました。
今回参加したのは、福岡大学の学生32名、高校生3名、オンライン参加者2名の計37名。
大学生だけでなく高校生も加わった、多様な参加者による5日間となりました。振り返ってみると、参加者とTA、先生方が一緒になって、会場全体が一つの課題に夢中になるような、熱狂に包まれた講義を作ることができたと感じています。
1日目:「量子コンピュータって、結局何ができるんですか?」
初日は、大関真之先生による講義から始まりました。
量子コンピュータという言葉を聞くと、「ものすごく難しい物理学が必要なのではないか」「量子力学を理解していないと使えないのではないか」と思う人も多いかもしれません。
しかし、この日の講義で繰り返し投げかけられていたのは、もっと根本的な問いでした。
「コンピュータとは、そもそも何をするものなのか?」
Compute、つまり「計算する」。
3+2=5という単純な計算から、天気や物体の運動の予測、そして現代では物流、金融、製造、創薬に至るまで、私たちはさまざまな問題をコンピュータに計算させています。
ところが、コンピュータが発展し、私たちがより多くの計算を求めるようになるにつれて、大きな問題も生まれています。
それがエネルギーです。
これまでコンピュータは、半導体を小さくし、より多くの素子を集積することで性能を高めてきました。しかし、計算量が増え続ければ、当然ながら大量の電力が必要になります。計算のために使われたエネルギーの一部は熱となり、その熱を逃がすためにも、さらにエネルギーが必要になります。
生成AIをはじめとして世界中で巨大な計算資源が必要とされる現在、「コンピュータをもっと増やせばよい」だけでは済まなくなりつつあります。
では、もっと小さな世界 -原子や分子、そして量子力学が支配する世界の性質を使って計算することはできないのでしょうか。
ここから、量子コンピューティングの話へと入っていきました。
量子コンピュータは「なんでも一瞬で解ける魔法の機械」ではない
量子コンピュータという言葉には、どこか「今まで解けなかった問題を全部解いてくれる夢のコンピュータ」というイメージがあります。
しかし、実際にはそう単純ではありません。
量子コンピューティングにもさまざまな方式があり、それぞれ得意とする問題が異なります。
たとえば量子ゲート方式では、量子力学に従う系を量子的な計算によってシミュレーションすることで、材料や化合物の物性評価、創薬などへの応用が期待されています。その原点の一つには、物理学者リチャード・ファインマンの、量子力学で動く自然を効率よくシミュレーションするためには、量子力学そのものを利用した計算機が必要ではないか、という発想があります。
原子や分子の振る舞いを従来のコンピュータだけで正確に再現しようとすると、対象となる系が大きくなるにつれて非常に多くの計算資源が必要になります。もし量子的な性質を直接利用して計算できれば、新しい材料や薬の候補を探索するための計算を、従来とは異なる方法で行える可能性があります。
一方、今回の講義で主役となったのが量子アニーリングです。
量子アニーリングは、特に組合せ最適化問題を扱うための計算手法として研究・活用が進められています。
組合せ最適化問題は簡単に言えば、「たくさんの選択肢の中から、一番良い組合せを見つける問題」です。
たとえば、
- たくさんの場所を回るときに、どの順番で回れば移動距離を短くできるでしょうか。
- 限られた予算の中で、どの商品を選べば満足度を最大にできるでしょうか。
- 複数の条件を持つ人同士を、どのように組み合わせれば全体として良いマッチングになるでしょうか。
私たちの日常や社会の中には、このような「選ぶ」問題が驚くほどたくさん存在しています。選択肢が少なければ、一つずつ試せばよいかもしれません。
しかし、選択肢が増えていくと、考えなければならない組合せは爆発的に増えていきます。
そこで登場するのが、アニーリングという考え方です。アニーリングとは、もともと金属を加熱した後、ゆっくり冷却する「焼きなまし」を意味する言葉です。金属を熱すると、その内部では原子が活発に動きます。そして、ゆっくりと冷やしていくことで、よりエネルギーの低い安定した状態へと落ち着いていきます。
この考え方を計算上で模倣し、徐々により良い解を探索していくのがシミュレーテッドアニーリングです。
これに対して量子アニーリングでは、量子力学的な効果を利用しながら、問題に対応するエネルギーが低い状態を探索していきます。
今回の講義では、この量子アニーリングを使って、受講生自身が考えた組合せ最適化問題を解いていきます。
ここまで来ると、参加者に求められることも少しずつ変わってきます。量子力学の難しい数式をすべて理解すること以上に重要なのは、
「では、どんな問題を解けば面白いだろう?」
と考えることです。
ここから、この講義の本当の意味でのスタートが切られました。
2日目:自分たちで「問い」を作る
2日目からは3人一組のチームに分かれ、実際のソリューション開発が始まりました。
ここからは先生が問題を出してくれるわけではありません。
自分たちで問題を探します。
- 「普段の生活で面倒だと思っていることは?」
- 「福岡だからこそ存在する課題は?」
- 「選択肢が多すぎて困っていることはないか?」
そんなところからアイデアを出し、それが本当に組合せ最適化問題として扱えるのかを考えていきます。
面白いアイデアを思いつくことと、それを量子アニーリングで扱える問題にすることは全く別物です。
そこで必要になるのが、現実の問題を数式へ翻訳する作業です。
今回扱う量子アニーリングでは、問題をQUBO(Quadratic Unconstrained Binary Optimization:二次制約なし二値最適化)と呼ばれる形へ落とし込んでいきます。
0か1を取る変数を用意し、「こういう選択をすると良い」「この組合せは避けたい」といった関係を二次式として表現します。
ですので、「これを解けたら面白い!」というアイデアが出てきても、
- 「何を0と1で表現する?」
- 「何を最大化・最小化すればいい?」
- 「絶対に守らなければならない条件は?」
と問いかけていくと、途端に難しくなります。
言葉で語っていた社会課題が、少しずつ数式へ変わっていきます。そして、その数式を量子アニーリングで扱える形にすると、今度は計算によって解の候補が返ってきます。
しかし、それで終わりではありません。
出てきた解が、本当に最初に考えていた課題に対する良い答えになっているのか。
必要な条件が数式の中に正しく組み込まれているのか。
結果を見ながらもう一度現実の問題へと戻り、必要であれば数式を修正していきます。
この「現実→数式→計算→現実」という往復こそが、本講義の醍醐味だったように思います。
3日目:「このテーマ、本当に間に合う?」
3日目も、2日目に引き続き、各チームでソリューション創出に取り組みました。
2日目に見つけた課題を、実際に数式へ落とし込み、量子アニーリングで扱える形にしていく。アイデアを出していた段階では面白そうに見えたテーマも、実際にモデルを作ろうとすると、次々と新しい問題が見えてきます。
- アイデアは面白いのに数式にできない。
- 数式にはできたけれど、思ったような答えが返ってこない。
- プログラムを書いたけれど動かない。
- そもそも、自分たちは何を最適化したかったのか分からなくなる。

チームごとに、まったく異なる壁にぶつかっていきました。テーマパークのアトラクションの最適な周り方ってなんだろう、どんな参考書をどれほど勉強したら成績はどのくらい上がるんだろう。多種多様なテーマを活発に各チームが議論していました。
TAとして各チームを回っていると、数時間前まで勢いよく議論をしていたチームが、次に見に行ったときには全員で画面を見つめながら頭を抱えている、ということもありました。
特に、何を良い状態とするのか、何を守らなければならない条件とするのか、何を変数として表現するのか。
それらを一つずつ決めていかなければ、計算問題にはなりません。この日は、その難しさを参加者自身と私自身が実感する一日になりました。
特に印象に残っているのが、3日目の終わりになって、テーマそのものを変更するチームが現れたことです。
5日間の集中講義で、すでに3日目。翌日には中間報告も控えています。残された時間を考えれば、かなり思い切った決断でした。
「本当に発表まで間に合うだろうか」
私自身も、そんな不安を感じました。
それでも、うまくいかないテーマに無理やりしがみつき、形だけを整えることがこの講義の目的ではありません。大切なのは、自分たちが本当に解きたい課題を見つけ、それをどのように数式として表現すればよいのかを考え抜くことです。
各チームを回りながら、問題設定、定式化、実装を一緒に考えました。ただし、完成された答えをTAが渡すわけではありません。
- 「本当に最適化したいものは何?」
- 「その条件は絶対に必要?」
- 「もっと単純な問題として考えられない?」
そう問いかけながら、一つずつ問題をほどいていきます。すぐに正解が見つかるわけではありません。
変数を変えてみる。
条件を一つ減らしてみる。
目的関数を考え直してみる。
一度書いたプログラムを作り直す。
それを何度も繰り返しながら、各チームが少しずつ自分たちなりの問題の形を見つけていきました。
テーマを変更したチームも、そこからもう一度問題設定を考え直し、定式化と実装に取り組み始めました。
3日目は、単純に開発を進める一日というよりも、「自分たちは本当に何を解きたいのか」を改めて問い直す一日だったように思います。
4日目:理想と現実のギャップ
4日目には、最終発表を翌日に控え、午前中に大関先生を含めた受講生全体に対して、それぞれのチームが中間報告を行いました。
ここまで3日間、参加者たちは試行錯誤を重ねながら、自分たちのテーマを形にしようとしてきました。しかし、この時点で満足のいく結果までたどり着いていたチームばかりではありませんでした。
ある程度問題設定はできている。数式も作り始めている。プログラムも動き始めている。
それでも、
「本当にこの定式化でいいのだろうか」
「この結果は、自分たちが最初に解きたかった問題に答えているのだろうか」
「最終発表で何をソリューションとして見せればよいのだろうか」
といった迷いが残っていました。
全てのグループが、完全に方向性を定めきった状態で中間報告を迎えたわけではなかったと思います。だからこそ、この中間報告には大きな意味がありました。


チームの中だけで議論していると、何となく分かったつもりになってしまうことがあります。
しかし、それを初めて聞く人に向けて説明しようとすると、曖昧だった部分が途端に浮かび上がってきます。
「そもそも、なぜこの問題を解くのか」
「この変数は何を表しているのか」
「この条件はなぜ必要なのか」
「出てきた結果から、何が言えるのか」
発表するために言葉にすることで、自分たち自身も気づいていなかった課題が見えてきます。
また、他のチームの発表を聞くことも、大きな刺激になりました。
同じ講義を受け、同じ量子アニーリングを使っていても、取り上げる課題も、数式への落とし込み方も、ソリューションの見せ方も異なります。
別のチームの考え方を知ることで、
「そういう見方もあるのか」
「自分たちの問題も、もっと違う形で表現できるのではないか」
と、自分たちのテーマを改めて見直すきっかけにもなっていました。
そして、この中間報告を通じて各チームが突きつけられたのが、
自分たちの求める理想と、今できているものとのギャップ
だったように思います。
「本当はここまで作りたい」
「こういう結果を出したい」
「こんなアプリとして見せたい」
そう思い描いていたものと、4日目の時点で手元にあるもの。その間には、まだ距離がありました。ただ、そのギャップがはっきりと見えたからこそ、残された時間で何をすべきかも明確になりました。
数式を修正するチーム。
制約条件を考え直すチーム。
プログラムを書き換えるチーム。
結果の見せ方を工夫するチーム。
発表そのものの構成を考え直すチーム。
中間報告が終わると、各チームは再び自分たちの作業へ戻っていきました。翌日は、いよいよ最終発表です。残された時間は決して長くありません。講義を終えても、教室に残って議論するチームもいました。
自分たちが思い描いたソリューションに少しでも近づくために、最後の追い上げが始まりました。
5日目:最終発表
最終発表で登場したテーマは、実に多様でした。
たとえば、
「身近な人とはマッチしないマッチングアプリ」
という、一見すると少し不思議なテーマです。
しかし、一般的なマッチングでは「相性の良い人同士をつなぐ」ことを考えますが、このチームはそこに身近な人とはマッチングさせないという独自の条件を加えることで、新しいマッチングのあり方を考えました。
また、
「栄養バランスを考慮したサラダの最適化」
に挑戦したチームもありました。
食べたい具材、栄養、組合せなど、普段何気なく行っている「今日何を食べよう」という選択も、条件を整理していけば立派な最適化問題になります。
そして、福岡ならではだと感じたのが、
「深夜にごみ収集が行われる福岡市のごみ収集経路最適化」
です。
福岡市では夜間にごみ収集が行われます。
その地域ならではの生活の仕組みに目を向け、「もっと効率的な収集経路を考えられないか」という問いへつなげる。これは、まさにこの講義で体験してほしかった課題発見の形だったように思います。
量子アニーリングを使うからといって、最初から「量子的な問題」を探す必要はありません。
むしろ、
「自分たちの身の回りで困っていることは何だろう?」
という素朴な疑問から、日常の中にある「選ぶ」「組み合わせる」「順番を決める」を数式へ落としていくと、その先に量子アニーリングで扱うことのできる組合せ最適化問題が見えてきます。




5日間を終えて
今回の集中講義を振り返って強く感じるのは、量子アニーリングについてどれだけ多くの知識を覚えたかだけが、この講義の成果ではないということです。
自分で問いを立て、複雑な現実から、本当に必要な要素を取り出し、数学の言葉で表現する。出てきた結果を見て、「これは本当に自分たちが欲しかった答えなのか」ともう一度考える。うまくいかなければ、数式を変える。場合によっては、テーマそのものを変える。
この一連の経験そのものに、大きな意味があったのではないかと思います。
初日に大関先生が話されていた、
「自分で問いを立てて、解決する力を育む」の意味を5日間が終わったとき、参加者の皆さんの発表を通して改めて感じました。
37名の参加者がそれぞれの視点から身近な問題を見つけ、悩み、数式にし、実装し、最後には自分たちの言葉で発表したことこそが、この5日間で生まれた一番大きな成果だったのではないかと思っています。連日35度を超える福岡の暑さに負けないくらい、会場も熱気に包まれていました。
私自身、かつて東北大学で受講生として経験したこの講義の面白さを、今度はTAとして福岡大学の皆さんと共有できたことを、とても嬉しく思います。
そして今回ここで生まれたアイデアや経験が、5日間だけで終わるのではなく、参加者の皆さんがこれから何か新しい課題に出会ったとき、
「これ、数式にしたら解けるんじゃないか?」
と思い出すきっかけになれば、これ以上嬉しいことはありません。
最後になりますが、本講義の開催にあたりご尽力いただいた福岡大学の一木先生、5日間にわたり指導してくださった大関先生、本多先生、ともに参加者を支えたTAの吉原さん、沖澤さん、そして何より、最後まで試行錯誤を続けながら自分たちのアイデアを形にしてくれた37名の参加者の皆さんに、心より感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。