ポーランド 開催レポート
QI4U in Poland 2026(2026年3月3日 - 3月5日)
ポーランドにてQI4Uワークショップを開催しました(03/03 - 03/05)
2026年3月3日から5日の3日間にわたり、ポーランド・ワルシャワ大学にて、量子コンピューティングに関するワークショップ「Quantum Infinity for You in Poland 2026(QI4U in Poland 2026)」を開催しました。
本レポートでは、イベントの概要と、期間中に行われた講義、ハンズオン、ポスターセッション、ディスカッションなどについて紹介します。
凍てつく体には温かな歓迎を
本イベントは、フィンランド・ヘルシンキ大学でのQI4Uと同時期に開催されましたが、その内容や方向性には開催地ごとの特色が大きく反映されました。こうした地域ごとの違いも、QI4Uの面白さの一つだと思います。
ポーランドでのQI4U開催にあたっては、私(松尾)が約2か月前からワルシャワ大学のGull研究室に研究滞在し、ひと足先に同研究室へ滞在していた人見将 助教(東北大学)をリーダーとして準備を進めました。
開催までの期間には、イベント運営チームや現地ホストと何度も議論を重ねました。イベント直前には日本からのメンバーも合流し、同じ宿に滞在しながら連日準備を進めました。
冬のワルシャワは厳しい寒さでしたが、1日の作業を終えた後に歩いた静かな街並みは、今でも印象に残っています。慌ただしい日々ではありましたが、振り返れば、イベントを皆で一から作り上げていく貴重な時間となりました。
その結果、ポーランド各地の大学から、本イベント群「Quantum Universe EXPO」の中でも最多となる60名以上の方々に参加していただきました。講義やハンズオン、ディスカッションを通じて、多くの参加者に量子コンピュータの研究や技術に触れていただく機会となり、参加者からも好意的な反応をいただくことができました。
1日目:量子アニーリングの基礎から実装まで
初日は、量子アニーリングに焦点を当て、基礎を学んだうえで実際にハンズオンを通して実装まで行うプログラムを実施しました。
量子アニーリングとゲート型量子コンピュータを日ごとに分けて扱うことで、それぞれの考え方や特色を整理しながら理解し、実際の利用方法まで体験してもらうことを狙っています。
イベントは、現地ホストであるEmanuel Gull教授(ワルシャワ大学)によるイントロダクションから幕を開けました。
レクチャーセッションでは、人見将 助教による量子アニーリングの基礎講義が行われました。量子アニーリングの背景となる物理や基本的な考え方を学ぶことで、続くハンズオンセッションに向けた基礎を身につける構成です。
量子アニーリングは、量子系の時間発展を利用し、最適化問題の解に対応する低エネルギー状態を探索することで、組合せ最適化問題を解くことを目指す計算手法です。講義では、その基本原理から最適化問題との対応までが紹介されました。
ハンズオンセッションでは、矢代開士さん(当時修士2年、東北大学)が「量子アニーリングによるスケジュール問題の最適化」という内容で講演を行いました。
参加者は実際にプログラムを動かしながら、量子アニーリングの具体的な応用例に触れました。講義で学んだ内容が実際の問題へどのようにつながるのかを体験することで、量子アニーリングを単なる知識ではなく、自ら利用できる計算手法として理解する機会になったのではないかと思います。
その後、青木優さん(東京科学大学)、矢代さん、私をはじめとする日本側メンバーと現地参加者によるポスターセッションを行いました。
ポスター発表は約20件にのぼり、基礎物理に近い研究から、量子アルゴリズム、計算手法、デバイスや応用を意識した工学系の研究まで、テーマは幅広いです。
異なるバックグラウンドを持つ参加者が互いの研究について議論し、量子コンピュータという共通のテーマのもとで、物理系から工学系まで分野を越えた交流が生まれていました。
ポスターセッション後には懇親会も行われ、研究の話題に限らずさまざまな話をすることで、参加者同士の交流がより深まったことと思います。
2日目:ゲート型量子コンピュータおよび実機の物理
2日目はゲート型量子コンピュータをテーマとし、基礎講義、量子アルゴリズムのハンズオン、量子コンピュータ実機に関する講義、そしてグループディスカッションへと段階的に進むプログラムを実施しました。
原理を学び、自ら実装し、さらに実際のハードウェアについて理解したうえで、その知識を用いて新たな応用を考えるという流れを意識した構成です。
レクチャーセッションでは、Mgr. M. Siemaszko(ワルシャワ大学)によるゲート型量子コンピュータの基礎講義が行われました。
線形代数から出発して量子状態や量子ゲートの物理を説明することで、参加者が続くハンズオンセッションで扱う量子アルゴリズムを理解するための基礎を築きました。
ハンズオンセッションでは、私が「量子ボルンマシンによる株価変動推定」という内容で講演を行いました。
量子回路を用いて確率分布を表現する量子ボルンマシンを題材として、実際に量子回路を構成しながら、ゲート型量子コンピュータを用いたデータ解析・機械学習的な応用に触れてもらいました。
前日の量子アニーリングとは異なる計算方式を自ら実装することで、参加者にはゲート型量子コンピュータならではのアルゴリズムやプログラミングの考え方を体験してもらいました。
続いて、Dr. J. Mrożek(IQM)による量子コンピュータ実機に関する講義が行われました。
量子アルゴリズムを抽象的な量子回路として扱うだけではなく、それが実際にどのような物理系によって実現されているのかを学ぶことで、参加者は量子コンピュータをソフトウェアとハードウェアの両面から捉えることができました。
その後、参加者は複数のチームに分かれ、我々メンターとともに、量子コンピュータを用いた具体的な研究アイデアを考えるグループディスカッションを行いました。
各チームでは、「量子コンピュータをどのような問題に応用できるか」「既存手法と比較してどこに量子的な特徴を活かせるか」といった観点から活発な議論が行われました。
中には、ハンズオンで学んだ内容をその場で応用し、実際にコードを書いて簡単な実装まで行ったチームもありました。講義で得た知識を受け取るだけでなく、自ら問題を設定し、研究アイデアとして具体化していく姿が印象的でした。
3日目:招待講演および研究アイデアの共有、パネルディスカッション
最終日は、Dr. Alice Moutenet(Alice & Bob)による招待講演から始まりました。
量子コンピュータの研究開発に実際に携わる研究者から直接話を聞くことで、参加者にとって、これまでの2日間で学んできた内容を現在の量子技術研究へとつなげる機会となりました。
グループディスカッションで生まれたアイデア
続いて、前日に行ったグループディスカッションの成果を全体で共有するセッションを行いました。
各チームでは、2日間の講義やハンズオンで得た知識を出発点として、「量子コンピュータをどのような問題に応用できるのか」を議論しました。テーマを考えるだけでなく、具体的な問題設定や実装方法まで検討し、中にはその場で実際にプログラムを動かしたチームもありました。
例えば、量子アニーリングを材料探索に応用するアイデアが提案されました。材料を作製する際の条件と得られる材料特性との関係をブラックボックスとして捉え、実験データから最適な条件を探索するというものです。具体的には、特徴的な氷表面構造を形成するための温度や、材料のドーピング条件などを量子アニーリングによって最適化できないかが議論されました。
また、「量子計算は古典計算に対してどのような場面で有利になるのか」という問いから、実際にワルシャワの気温を量子機械学習で予測することに挑戦したチームもありました。ワルシャワ・ショパン空港の気象データを取得し、2日目のハンズオンで用いた量子機械学習のコードを応用して、将来の気温を予測するところまでその場で実装しました。さらに、LSTMやXGBoostなどの古典的な機械学習手法と性能を比較することを、次の課題として設定していました。
私の参加したチームでは、2日目のハンズオンで扱った量子ボルンマシンを脳波(EEG)へ応用するアイデアを検討しました。ハンズオンでは株価の時系列データを量子状態として表現し、その状態間の遷移を再現する量子回路を学習しました。そこで、「同じ枠組みを脳波のような別の複雑な時系列にも使えるのではないか」と考えました。
脳波の時間変化を量子状態の時間発展として表現し、そのデータを生成する有効なハミルトニアンを推定できれば、単に将来の信号を予測するだけでなく、その背後にあるダイナミクスを解析できる可能性があります。そこから、推定されたハミルトニアンや固有値などを手がかりとして結果を解釈する「説明可能な医療AI」や、生体信号に現れる異常の兆候を捉える可能性について議論を発展させました。
もちろん、これらはワークショップ中に生まれた研究アイデアであり、量子計算を利用することの有効性や実現可能性については今後の検証が必要です。
しかし、講義やハンズオンで与えられた課題をこなして終わるのではなく、そこで学んだ手法を参加者自身の興味のある問題へ持ち込み、場合によってはその場で実装し、一つの研究アイデアとして発表するところまで進んだことは、今回のワークショップの中でも特に印象的でした。
パネルディスカッション
グループディスカッションの成果共有に続いて、Emanuel Gull教授や人見将 助教をはじめとする複数のパネラーによるパネルディスカッションが行われました。
量子コンピュータの研究、実機、アルゴリズム、さらには今後のキャリアまで、参加者からはさまざまな質問が寄せられました。
質問は最後まで途切れることなく続き、ポーランドの学生たちの量子コンピュータに対する強い関心を感じるとともに、私自身にとっても大きな刺激となりました。
最後に参加者全員でランチを囲み、3日間にわたるイベントは無事に幕を下ろしました。
最後に
今回のイベントは、多くの方々のご協力によって実現しました。
まず、今回のワークショップ開催を快く受け入れてくださり、会場の手配から講演まで多大なご協力をいただいたワルシャワ大学のEmanuel Gull教授に、深く感謝いたします。
また、Gull教授の研究グループの皆さんにも、ワークショップの運営をさまざまな面から支えていただきました。個人的にも、約2か月にわたる研究滞在中に日々をともに過ごした大切な仲間です。研究だけでなく、現地での生活を含めて多くの時間を共有できたことに感謝しています。
講義や招待講演を引き受けてくださった皆さま、運営団体candelaの皆さま、そして参加してくださった皆さまにも、改めて御礼申し上げます。
東北大学・東京科学大学からは合計3名の学生メンバーが現地で本イベントの運営や講演を行いました。また、大関研究室からは越川亜美 客員研究員にも、現地での運営やパネラーとしてご協力いただきました。
準備期間からイベント当日まで、メンバー全員で試行錯誤しながら一つのイベントを作り上げることができました。講義を聞くだけではなく、実際に手を動かし、そこで得た知識を新たな問題へと応用するところまで参加者と一緒に考えることができたことは、今回のQI4Uならではの経験だったと思います。
そして、現地との交渉や企画、マネジメント、講演をはじめ、イベント全体を中心となって牽引してくださった人見将 助教には、特に深く感謝しています。人見さんの尽力なくして、本イベントをこの形で実現することはできなかったと思います。
最後に、このような貴重な機会を与えてくださった大関さんに、心より感謝いたします。