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第10部:複素積分が切り拓く実積分の世界 —— 留数定理の実践的応用

前章で学んだ留数定理は、単に「複素数の問題を解くための道具」にとどまりません。実は、高校や大学の実数微積分では手も足も出ないような「複雑な実積分の問題」を、驚くほど鮮やかに解き明かすための最強の裏技として機能します。この章では、積分経路を工夫することで実積分を複素積分に持ち込む、美しくも実践的なテクニックを3つの例題を通して学びます。

パターン1:半円の経路(最も基本的な応用)

次のような、実数軸全体 にわたる積分を考えてみましょう。

これを複素数 の関数 とみなし、実数軸を通ってから、上半面をぐるっと大きな半円の弧(半径 )を描いて戻ってくる「かまぼこ型の閉経路」で積分します。

この関数は分母が と因数分解できるため、経路の内部にある特異点は のみ(1位の極)です。留数を計算すると次のようになります。

留数定理より、閉経路全体の積分は となります。ここで、半径 が無限大になるとき、半円の弧の部分の積分は分母が のオーダーで大きくなるため に収束することが証明できます。弧の部分が消え去るため、閉経路の積分結果 が、そのまま実数軸の積分の答えになります。関数は偶関数なので、半分( から )の積分はその半分の となります。


パターン2:扇形の経路(角度を工夫する)

次は、少しひねりを加えた積分です。

分母が3乗になっているため、先ほどのような半円を描くと、特異点が複数入ってしまったり、戻ってくるルートの計算が複雑になってしまいます。 そこで、原点から出発して実数軸を まで進み、そこから角度 だけ円弧を描き、原点に向かって直線で戻ってくる「扇形の経路(ピザのピースのような形)」をとります。この経路の内部にある特異点は のみです。この留数を計算し、留数定理を適用します。

ここでも遠くの円弧の部分は になります。面白いのは「斜めに戻ってくる直線ルート」です。この経路上では と書けるため、 となり、分母が実数のときと全く同じ形に戻るのです。行きと帰りの積分を合わせて整理することで、最終的な積分の値が求まります。


パターン3:特異点の回避と対数関数

最後に、対数関数が含まれるさらに高度な積分を見てみましょう。

対数関数 は原点 が特異点(分岐点)となるため、原点を踏まないように小さく避ける「へこんだ半円の経路」をとる必要があります。上半面にある極は です。ここでの留数を求めます。

留数定理を適用すると、閉経路全体の積分は次のようになります。

ここで実数軸のマイナス側のルート( から )を積分するとき、複素数の対数の性質から となることを利用します。円弧の部分(無限大の弧と、原点付近の極小の弧)の積分がそれぞれ になることを確認し、残った実軸上の積分と式(10.8)の実部・虚部をそれぞれ比較します。すると、虚部からは の答えが、実部からは私たちが求めたかった対数関数の積分の答えが同時に浮かび上がってきます。

これを2で割ることで、最終的な解が得られます。このように、複素積分は「見えない虚数の世界を経由することで、実数の世界だけでは解けないパズルを解く」という、極めてロマンに溢れた数学的ツールなのです。