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第8部:特異点がもたらす奇跡 —— コーシーの積分公式と無限回微分

前章で、特異点(計算が破綻する穴)をぐるっと回る積分が「」という特別な値を生み出すことを学びました。 この章では、その の性質を利用することで、積分が「関数の値をズバリと言い当てる」魔法のツールへと進化する過程を見ていきます。

コーシーの積分公式:境界が中身を決める!

前章で求めた という式に、正則な関数 を乗せた次のような周回積分を考えてみましょう。

特異点 のごくわずかな周辺(半径 の極小の円)だけで積分を行うと、 はほぼ という一定の値とみなすことができます。すると は積分の外に出すことができ、結果として次のような強烈な公式が導かれます。

これを少し変形して について解いたものが、複素解析の金字塔である「コーシーの積分公式」です。

この公式が意味しているのは、驚くべきことに「領域の境界(外周)の積分さえ計算すれば、その内部のあらゆる点 での関数の値 が完全に決まってしまう」ということです。これは実数の世界では絶対にあり得ない、複素関数ならではのホログラフィックな性質です。


積分で「微分」ができる? —— 公式の一般化

コーシーの積分公式は、これで終わりではありません。式(8.3)の両辺を、点 (変数として に置き換えます)で微分してみましょう。 右辺の積分の中には があるので、これを で微分すると になります。

さらにもう一度微分すると、指数が降りてきて次のようになります。

これを 回繰り返すと、究極の「グルサの公式(コーシーの積分公式の一般化)」が得られます。

「正則は正義」の真意

この公式はとんでもない事実を示しています。関数がたった1回でも正則(微分可能)であると確認できれば、この積分公式が成り立つため、結果として「何度でも無限に微分することができる」のです。 実数の世界では「1回微分できるけど2回目は無理」という関数がいくらでも存在しますが、複素数の世界では「正則は正義」であり、一度正則のパスポートを得た関数は、無限の滑らかさを保証される最強の存在になります。


複雑な積分を「代入」と「微分」で解く具体例

この公式を使えば、一見すると計算が不可能なほど複雑な複素積分も、単なる「代入」や「微分」に落とし込んで一瞬で解くことができます。ノートにある具体例を見てみましょう。

例1:特異点が複数ある積分

積分経路 の両方を囲んでいる場合、部分分数分解を使って積分を2つに分けます。

それぞれに対して式(8.2)のコーシーの積分公式を適用します。前者は 、後者は を関数 に「代入」するだけです。

例2:分母が2乗になっている積分

特異点 を囲む経路で、分母に がある次のような積分を考えます。

2乗がある場合は、式(8.4)の「1回微分の公式」を使います。ターゲットとなる関数は です。 まずこれを で1回微分します。

ここに特異点である を代入し、 を掛けるだけで答えが出ます。

例3:指数関数と2乗の特異点

こちらも微分の公式を使えば瞬殺です。

関数 を1回微分しても のままです。これに特異点 を代入すると になります。したがって、積分結果は次のようになります。

このように、コーシーの積分公式とその一般化を使いこなすことで、分母の特異点を取り除いた「残りの関数」を代入したり微分したりするだけで、魔法のように積分の答えが求まるのです。