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第7部:経路に依存しない魔法 —— 複素積分とコーシーの定理

実数の積分 は「 軸上を から まで進む」という1通りの道しかありませんでした。しかし、複素数平面上の積分 では、スタート地点からゴール地点まで「どのようなルート(経路)を通って進むか」を自由に選ぶことができます。

この章では、前章で学んだ「正則関数(綺麗な関数)」が、積分の世界でどれほど凄まじい魔法を発揮するのかを見ていきます。

正則関数の積分:どの道を通っても同じ!

まずは、正則関数である を例に、複素数平面上で から まで積分してみましょう。 実数の積分と同じように原始関数 を使って計算すると、次のようになります。

では、この積分の「道のり(経路)」を具体的に指定して、地道に計算してみたらどうなるでしょうか?

  • 経路A(直線ルート):スタートからゴールまで一直線に進む道
  • 経路B(寄り道ルート):一度右に進んでから、上に曲がって進む道

実は、どちらの経路をパラメータ で表して丁寧に積分計算を行っても、結果は必ず「」にピタリと一致します。 関数が正則である限り、途中でどんなにぐねぐねと寄り道をしても、積分の値は「スタート地点とゴール地点だけで決まる」のです。


正則でない関数の悲劇:経路によって答えが変わる

この「ルートに依存しない」という性質は、決して当たり前のものではありません。 前章で「正則ではない」と判定された関数 (共役複素数)を積分してみましょう。

先ほどと同じ から までの積分ですが、経路A(直線ルート)と経路B(寄り道ルート)で地道に計算してみると、衝撃の結果が得られます。

  • 経路A(直線ルート)の計算結果
  • 経路B(寄り道ルート)の計算結果

なんと、通った道によって積分の答えが変わってしまいました。 正則ではない関数には原始関数が存在せず、「どの道を通ったか」を毎回厳密に計算しなければならないという非常に厄介な状態になってしまうのです。


コーシーの積分定理:ぐるっと回ればゼロになる

正則関数の「どのルートを通っても結果が同じ」という性質を応用すると、ある強烈な法則が導かれます。

スタート地点からあるルートを通ってゴール地点へ行き、そこから「別のルート」を通って元のスタート地点に戻ってくる(ぐるっと1周する)ことを考えます。 行きと帰りで結果が同じ(帰りは逆向きなのでマイナスになる)ということは、足し合わせると必ず になります。

閉じた経路(ループ)での周回積分を という記号で表すと、複素解析における最も重要な定理「コーシーの積分定理」が完成します。

対象の領域内で関数が正則(滑らかで特異点がない)であれば、どんなに複雑な形のループでぐるっと積分しても、その値は絶対に になります。これは実数にはない、複素数だけの信じられないほど美しい性質です。


例外中の例外:特異点と「」の魔法

コーシーの積分定理には「領域内で正則であれば」という条件がついていました。では、領域の中に「計算が破綻する穴(特異点)」があったらどうなるでしょうか?

前章で触れた を、原点 (特異点)をぐるっと囲むように、半径 の円の経路で1周積分してみましょう。

円の上の点 は、オイラーの公式を使って と表せます。これを角度 で微分して を求めます。

これらを に代入し、角度 から (1周分)まで積分します。

分母と分子で が見事に約分されて消え去り、積分の中身はただの虚数単位 だけになります。

定理によれば になるはずの周回積分が、特異点を囲んだ瞬間に「」という特別な値を生み出しました。 この という値は、複素解析の応用である「留数定理(りゅうすうていり)」の根幹をなし、後にラプラス変換や実数の難解な積分を解くための最強の武器へと繋がっていきます。