第6部:複素関数の微分とコーシー・リーマンの関係式
前章の最後で、複素数の微分には「どの方向から近づいても結果が同じになる」という極めて厳しい条件が必要だと触れました。この章では、その条件を数式として明確に定義し、複素関数が美しい性質を持つためのパスポートである「コーシー・リーマンの関係式」を導出します。
を含まない「純粋な の関数」とは?
複素数 と、その共役複素数 を用いると、実数 と は次のように逆算して表現できます。
ここで、関数 の全微分 を と を用いて展開してみましょう。
もしある複素関数 が、本当に「 だけの関数」であるならば、そこに の成分が混ざっていてはいけません。つまり、右辺第2項の偏微分が になる必要があります。
これが成り立つとき、 となり、まるで実数の1変数関数のように綺麗に微分を扱うことができます。この に依存しないという条件を満たすとき、関数 は「正則である(微分可能である)」と言います。
コーシー・リーマンの関係式の導出
関数を実部と虚部に分けて と置きます。 先ほどの式(6.3)の条件を、連鎖律(チェインルール)を使って と の偏微分に書き換えてみましょう。
ここに を代入して展開し、実部と虚部に整理します。
これが完全に になるためには、実部も虚部も共に でなければなりません。ここから、複素解析における最重要方程式が導かれます。
これを「コーシー・リーマンの関係式」と呼びます。この2つの式を同時に満たして初めて、その関数は正則な関数として認められます。
具体例で判定してみよう
先ほどの方程式を使って、いくつかの関数が正則かどうかをチェックしてみましょう。
例1: (絶対値の2乗)
絶対値の2乗は です。虚部はないので となります。 をそれぞれ偏微分すると、、 となります。 これをコーシー・リーマンの関係式(6.6)に当てはめると、 かつ となり、原点 以外では成り立ちません。つまり、 は複素数平面上で「正則ではない」関数です。
例2: (反比例)
分母を有理化して実部と虚部に分けると、次のようになります。
これを愚直に偏微分して関係式に当てはめると、見事に等式が成立します。ただし、分母が になってしまう (原点)だけは計算ができず例外となります。 このように、一点だけで正則性が壊れてしまう場所のことを「孤立特異点」と呼びます。
どの方向から近づいても同じ(微分の定義からのアプローチ)
最後に、微分の定義式を使って別の視点から確認してみましょう。
複素数平面上で と近づくとき、2つの極端なルートを考えます。
1. 実軸に沿って横から近づく() このとき、極限の計算結果は次のようになります。
2. 虚軸に沿って縦から近づく() 分母に虚数単位 が入るため、計算結果は次のようになります。
正則関数である(微分が可能である)ためには、「どの方向から近づいても微分の値が完全に一致」しなければなりません。 式(6.9)と式(6.10)の実部同士、虚部同士が等しいと置いてみてください。すると、先ほどの「コーシー・リーマンの関係式」が全く同じ形で姿を現すことがわかります。