第3部:非周期現象への拡張 —— フーリエ変換
前章では、一定の周期を持つ波を分析する「フーリエ級数展開」を学びました。しかし、現実世界の多くの現象(例えば、一度きりの衝撃音や単発のパルス信号など)は、同じパターンを永遠に繰り返す「周期関数」ではありません。 この章では、フーリエ級数の考え方を「非周期的な現象」へと拡張する「フーリエ変換」について解説します。
誤差の評価:ベッセルの不等式とパーセバルの等式
フーリエ変換へ進む前に、フーリエ級数の「精度」について少し触れておきましょう。 無限に続くフーリエ級数を途中の 番目で打ち切ったとき、元の関数 と近似関数 の間には「2乗誤差」が生じます。この誤差が最小になるように係数 を決定すると、有名な「ベッセルの不等式」が導かれます。
さらに としたとき、誤差が完全に になる(2乗可積分である)ならば、不等式は等式へと変わります。これを「パーセバルの等式」と呼びます。
これは、「波のエネルギー(振幅の2乗の和)は、空間上のエネルギーの総和と等しい」という物理的にも非常に美しい関係性を表しています。
周期を「無限大」へ伸ばす
さて、周期を持たない関数を波で表すための強引かつエレガントなアプローチ、それが「周期が無限大()の波だとみなす」ことです。積分区間を とし、波長 をどんどん長くしていくと、これまで離散的(トビトビ)だった周波数 の足し算()は、区分求積法の考え方によって連続的な積分()へと変化します。こうして誕生するのが「フーリエ変換」と「逆フーリエ変換」の公式です。
【フーリエ変換】(時間や空間 の関数から、周波数 の関数へ)
【逆フーリエ変換】(周波数 の関数から、元の の関数へ)
フーリエ変換は何のためにある? —— 微分方程式の民主化!
「わざわざ関数を周波数に変換して何が嬉しいのか?」最大のメリットは「微分」という厄介な計算が、単なる「掛け算」に変わるという魔法のような性質にあります。
関数 の微分 をフーリエ変換してみましょう。部分積分を用いると、次のように見事に変形できます( で と仮定します)。
つまり、「 で1回微分する」ことは、フーリエ変換後の世界では「 を1回掛ける」ことと完全に同じなのです。これにより、解くのが難しい微分方程式が、中学生でも解ける単なる代数方程式(掛け算・割り算)に成り下がります。まさに「微分方程式の民主化」です!
具体例:バネの振動(単振動)を解いてみる
この威力を、バネにつながれた重りの運動(単振動)で確認してみましょう。 質量 、バネ定数 の運動方程式は、ニュートンの法則から次の2階微分方程式になります。
これをまともに解くのは少し手間ですが、両辺をフーリエ変換してみましょう。「2回微分」は「 を掛ける」ことになります。
式を整理すると、微分のないただの方程式になります。
この等式が成り立つためには、(ずっと止まっている)か、括弧の中身が になるしかありません。つまり、以下の特定の周波数 のときだけ、解が存在することがわかります。
つまり、このシステムには「 の周波数を持つ波だけが存在できる」ということです。 この特定の周波数の波だけを残して足し合わせる(逆フーリエ変換で元の時間の世界に戻す)ことで、あらゆる初期条件に対応できる微分方程式の「一般解」に相当するものが得られます。
オイラーの公式を思い出せば、これが と の波(ずっと揺れ続けるバネの動き)を表していることが直感的に理解できるはずです。
逆変換の謎:本当に元に戻るのか?
フーリエ変換の強さは分かりましたが、一つ疑問が残ります。「フーリエ変換した を逆変換の式に代入して、本当に元の関数 に戻るのでしょうか?」
実際に逆変換の式にフーリエ変換の定義を代入して確認してみます(積分の変数が被らないように、変換前の中身を と置きます)。
積分を入れ替えて整理すると、次のような形になります。
この式が成り立つためには、一番右の大きな括弧の中身が「ある特殊な性質」を持っていなければなりません。
ディラックのデルタ関数:んなもんあるかい?
ここで、前章で学んだ波の直交性(クロネッカーのデルタ)の連続バージョンが登場します。
この こそが、物理や工学で最強のツールとなる「ディラックのデルタ関数」です。デルタ関数は、積分の中で関数 と掛け合わされると、 が と完全に一致する瞬間の値だけを「ピンポイントで抽出する」という魔法のような性質を持っています。
マクローリン・テイラー展開は何のため?
「一瞬だけ値を取り出すなんて、そんな都合のいい関数があるのか?(んなもんあるかい?)」と思うかもしれません。 これを理解するために、幅が で高さが (つまり面積が常に )の長方形の関数を考えます。 この長方形と関数 を掛け算して積分する過程で、「マクローリン・テイラー展開は何のため?」という問いの答えが登場します。
関数 を の周りでテイラー展開してみましょう。
この展開式を から の範囲で積分し を掛けると、奇数乗の項は相殺されて消え、次のように計算されます。
ここで長方形の幅を極限まで狭くする()と、見事に だけが抽出されることが証明できます。つまり、テイラー展開はこうした「極限状態での関数の振る舞い」を厳密に評価するための極めて強力な道具だったのです。
具体例:矩形波のフーリエ変換
せっかくなので、長方形(矩形波)そのものをフーリエ変換してみましょう。区間 で高さが の関数 を考えます。 定義に従って積分を計算すると、次のようになります。
この形は「sinc関数(シンク関数)」と呼ばれ、四角いデジタルな波を周波数の世界で見ると、真ん中が盛り上がって徐々に減衰していく波打つ形になります。これは通信や画像処理において極めて重要な事実です。
波のズレは位相に現れる(推移定理)
最後に関数が空間的・時間的にズレた場合を考えます。元の関数から だけズレた関数 をフーリエ変換すると、元のフーリエ変換 に が掛けられた形になります。
オイラーの公式を思い出せば、 は「波の回転(位相)」を表していました。つまり、「現実の空間でのズレ(平行移動)」は、周波数の世界では「位相の回転」として表現されるという重要な法則が成り立ちます。
位相限定相関法(POC)への圧倒的な応用
この性質を利用した強力な工学技術が「位相限定相関法」です。 ズレた波のフーリエ変換 と、元の波のフーリエ変換 の「比」をとってみます。
なんと、波の形に関する情報(振幅)がすべてキャンセルされ、ズレを表す位相成分 だけが綺麗に残ります。 これをさらに逆フーリエ変換の式に戻すとどうなるでしょうか?
計算を進めると、結果はディラックのデルタ関数 となり、ズレた量の位置に鋭いピーク(ツノ)が立ちます。 これにより、2つの画像や信号が「どれくらいズレているか」を、ノイズに影響されることなく極めて高い精度(サブピクセル単位)で検出することができます。指紋認証や画像位置合わせなど、現代のテクノロジーを支える超実践的なソリューションです。