第13部:縮退系の摂動論とバンド理論 —— 金属と半導体の起源
前章の「摂動論」では、無摂動のエネルギー準位 がすべて異なっている(縮退がない)ことを前提としていました。しかし、固体中の電子を考えると、まったく同じエネルギーを持つ複数の状態が存在します。 この章では、「縮退した状態」に摂動が加わったときに何が起きるのかを解き明かし、それが金属や半導体の性質を決めるバンドギャップを生み出すメカニズムを見ていきます。
1. 縮退系における摂動論の破綻
前章で導いた1次状態補正や2次エネルギー補正の公式には、分母にエネルギー差 が含まれていました。
もし2つの異なる状態 と が同じエネルギーを持っていたら(縮退)、この分母はゼロになり、計算が破綻(発散)してしまいます。 これを回避するためには、縮退している状態同士だけで作られる「部分空間」の中で、**永年方程式(固有値問題)**を解き直す必要があります。
2. 固体中の電子:自由電子と周期ポテンシャル
金属などの結晶(固体)の中を動く電子を考えます。もっとも単純な近似は「電子は何の力も受けずに自由に動いている」とする自由電子モデルです。 このとき、運動量 を持つ電子のエネルギーは、放物線を描きます。
しかし、実際の結晶の中には原子が等間隔 で規則正しく並んでおり、電子はその原子から周期的な引力(ポテンシャル)を受けます。この周期ポテンシャル を「摂動」として扱います。
3. ブラッグ反射とエネルギーの縮退
周期ポテンシャルの行列要素 を計算すると、運動量がちょうど だけ変化するような遷移しか起こらないことがわかります(波の干渉によるブラッグ反射の条件)。
ここで特に重要なのが、運動量が (右向き)の状態 と、 (左向き)の状態 です。 この2つの状態は、運動量の向きが逆なだけで速さは同じなので、無摂動のエネルギーが完全に一致します。
つまり、この2つの状態は縮退しています。
4. 永年方程式とエネルギーギャップの誕生
縮退した2つの状態 の空間で、摂動 の行列を作ります。対角成分( など)はゼロになり、非対角成分にポテンシャルの強さ が入ります。 エネルギーの1次補正 を求めるには、次の行列式(永年方程式)がゼロになる条件を解きます。
これを解くと、 となり、2つの解が得られます。
驚くべき結果です。もともと完全に同じエネルギーだった2つの状態が、周期ポテンシャルの摂動によって「」と「」の2つに分裂したのです。 この結果、エネルギーのグラフ(放物線)の の位置に、電子が存在できない「空白の領域」が生まれます。 この分裂の幅 こそが、**エネルギーギャップ(バンドギャップ)**です。
5. バンド理論:金属、絶縁体、半導体の違い
このエネルギーギャップの存在が、物質の電気的性質を決定づけます。 電子は低いエネルギー準位から順に詰まっていきます(パウリの排他原理)。
- 金属(導体): 電子が詰まっている一番上のエネルギー(フェルミ準位)が、バンド(許されるエネルギーの帯)の途中にあります。ほんの少し電圧をかけるだけで、電子はすぐ上の空き状態に移って動く(電流が流れる)ことができます。
- 絶縁体: 電子が下から特定のバンド(価電子帯)を隙間なく完全に埋め尽くしており、そのすぐ上に大きなエネルギーギャップ があります。上のバンド(伝導帯)へ電子をジャンプさせるには莫大なエネルギーが必要なため、電流は流れません。
- 半導体: 基本は絶縁体と同じ構造ですが、エネルギーギャップ が比較的小さい物質です。熱エネルギーや光のエネルギー、あるいは不純物(ドナーやアクセプタ)を入れることで、意図的に電子を伝導帯へジャンプさせ、導電性をコントロールすることができます。これが現代のトランジスタやコンピュータの根本原理です。
インタラクティブ・シミュレーター:周期ポテンシャルとバンドギャップの形成
自由電子のエネルギー放物線に、結晶の周期ポテンシャルの強さ()を加えていきます。 スライダーでポテンシャルの強さを増していくと、特定の運動量()の境界で放物線が千切れ、エネルギーギャップ が開いていく様子を観察してください。
エネルギー分散関係とバンドギャップの形成
※ 運動量 p = ±π/a の境界(ブリュアンゾーン境界)で、エネルギー準位が縮退を解かれ、2V₀ のギャップ(電子が存在できない領域)が生じます。