第3部:確率の流れと保存則 —— 量子力学と古典力学の接点
量子力学では、粒子の位置をピタリと確定することはできず、波動関数の絶対値の2乗 が確率密度 を表すことを学びました。 この確率が空間の中をどのように移動していくのかを考えることで、ミクロな世界の強力な「保存則」が見えてきます。
確率の保存と「確率の流れ」
水や電気が勝手に湧き出たり消滅したりしないように、粒子の存在確率も空間の中で急に増えたり減ったりすることはありません。これを数式で表したのが連続の式です。
ここで登場する は**確率の流れ(確率流密度)**と呼ばれ、シュレーディンガー方程式を変形することで、波動関数を使って次のように定義されます。
この を計算すれば、「今、確率が右向きにどれくらい流れているか」が計算できます。
階段ポテンシャルでの確率の流れの証明
第2部で扱った階段ポテンシャルの問題に、この確率の流れを適用してみましょう。波が途切れないためには、境界 の前後(領域Aと領域B)で、確率の流れ が等しくなければなりません()。
エネルギーが壁より高い場合()
壁の手前である領域A()では、入射波(振幅 )と反射波(振幅 )が混ざっています。これを先ほどの の式に代入して計算すると、干渉項が綺麗に消え、入射成分と反射成分の差になります。
一方、透過波(振幅 、波数 )のみが存在する壁の奥の領域B()では、流れは右向きの成分だけになります。
これらが等しい()とおいて、両辺を入射波の確率の流れ で割って整理すると、次のような美しい関係式が得られます。
第2部でシミュレーターに表示していた反射率と透過率の和が必ず1になるという事実が、この「確率の流れの保存」から完全に証明されました。
エネルギーが壁より低い場合()
エネルギーが足りず、波が壁の中にしみ込む(指数関数的に減衰する)パターンの場合はどうなるでしょうか。 領域Bの波動関数は という実数関数になります。実数関数の場合、複素共役をとっても形が変わらない()ため、 の定義式の括弧の中身が相殺されてゼロになってしまいます。
透過する流れがゼロということは、連続の式から手前の領域の流れもゼロ()でなければなりません。 つまり となり、、すなわち壁にぶつかった粒子は100%の確率で反射されることが、ここでも数学的に証明されました。
古典力学における確率の流れ —— フォッカー・プランク方程式
量子力学における確率の流れの考え方は、古典力学における統計的なアプローチにもそのまま対応しています。 古典的な粒子が、熱的な揺らぎ(温度 )を受けながらポテンシャル の中を移動する様子を記述するのがフォッカー・プランク方程式です。
連続の式 の形は同じですが、古典力学での確率の流れ は次のように表されます。
第1項はポテンシャルの傾き(坂道)を下ろうとする力によるドリフト、第2項は温度 によって濃度の高いところから低いところへ散らばろうとする拡散を表しています。
これを確率密度 の変化として捉えるのではなく、個々の粒子のランダムな動きとして追跡する方程式がランジュバン方程式です。
( はランダムな熱揺らぎ(ウィーナー過程)を表します)
量子力学の確率解釈と、古典力学のノイズを含む力学系は、このように「確率の流れ」という共通の数学的言語を通じて深く繋がっているのです。
インタラクティブ・シミュレーター:ドリフトと拡散の観察
フォッカー・プランク方程式とランジュバン方程式が示す「古典的な確率の流れ」を直感的に理解するため、多数の粒子がポテンシャル の谷間で熱揺らぎを受けながら移動する様子を観察してみましょう。
温度(拡散)とポテンシャルの強さ(ドリフト)のバランスを変えることで、粒子の分布(確率密度)がどのように変化するかを確認できます。