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補遺: 不均一横磁場駆動 ​

横磁場量子アニーリングでは、全スピンに同じ横磁場をかけるのが基本形です。ところが、全員を同時に同じ速さで動かすと、平均場模型では全自由度が一斉に協力して相転移を起こしやすいです。p-spin模型の一次転移は、その代表例です。

そこで、横磁場をサイトごとに違うタイミングで弱める、という考え方が出てきます。大きな集団を一度に動かすのではなく、量子ゆらぎを受ける部分と、すでに古典化した部分を混ぜながら進みます。Susa--Yamashiro--Yamamoto--Nishimoriの解析は、この単純に見える操作が、p-spin模型の一次転移を消せることを示しました。

1. 実機で何を変えるのか ​

D-Wave型の横磁場Ising ハミルトニアンは、よく

H^DW(s)=−12A(s)∑iσ^ix+12B(s)(∑ihiσ^iz+∑i<jJijσ^izσ^jz)

と書かれます。A(s) は横磁場の強さ、B(s) は問題ハミルトニアンの強さです。s が0から1へ進むにつれて、A(s) は下がり、B(s) は上がります。

D-Waveの実機には、qubitごとにアニーリングスケジュールを少し進めたり遅らせたりする anneal offset があります。理想化して書けば、

Ai(s)=A(s+δi),Bi(s)=B(s+δi)

のように、サイト i ごとに有効なスケジュールが少しずれます。δi>0 ならそのqubitは少し先の時刻へ進み、横磁場は弱まりやすいです。δi<0 なら遅れ、横磁場は長く残りやすいです。理論模型で使う Γi(s) は、この実機機能をかなり理想化した横磁場の個別制御だと考えるとよいです。

2. p-spin模型にサイト依存の横磁場を入れる ​

目的ハミルトニアンはいつもの

H^0=−N(1N∑i=1Nσ^iz)p

です。横磁場をサイトごとに変えると、driverは

V^=−∑i=1NΓi(s)σ^ix

になります。通常の一様な量子アニーリングは Γi(s)=1−s です。不均一駆動では、Γi(s) を i に依存させます。

分配関数を計算するには、Trotterスライス t ごとに磁化を入れます。

mt=1N∑iσi,tz

デルタ関数を

1=∫dmtdm~texp⁡[−m~t(Nmt−∑iσi,tz)]

として挿入すると、全結合相互作用は mt に押し込まれます。静的近似 mt→m を置くと、有限温度の自由エネルギーは

f(β,s;m)=s(p−1)mp−1βN∑i=1Nlog⁡2cosh⁡[β{spmp−1}2+Γi(s)2]

です。N→∞ でサイトを連続変数 x=i/N に置き換えれば、

f(β,s;m)=s(p−1)mp−1β∫01dxlog⁡2cosh⁡[β{spmp−1}2+Γ(x,s)2]

となります。鞍点方程式は

m=∫01dxspmp−1{spmp−1}2+Γ(x,s)2tanh⁡[β{spmp−1}2+Γ(x,s)2]

です。零温では

f(s;m)=s(p−1)mp−∫01dx{spmp−1}2+Γ(x,s)2

になります。

この式は、不均一横磁場の直観をきれいに表しています。各サイトは同じ縦方向の平均場 spmp−1 を感じますが、横方向の揺らぎ Γi は違います。横磁場がまだ残っているサイトは量子的に揺れ、すでに横磁場が切れたサイトは古典的に縦方向へそろいやすいです。全員が同じ瞬間に相を変える必要がなくなります。

3. 逐次的に横磁場を切る ​

理想化された不均一駆動では、横磁場がかかっているスピンの割合を τ で制御します。

Γi(s,τ)={1,0≤i/N≤1−τ,0,1−τ<i/N≤1.

つまり、N(1−τ) 個のスピンには横磁場が残り、Nτ 個のスピンでは横磁場が切れています。driverは

V^(τ)=−∑i=1N(1−τ)σ^ix

です。このスケジュールを式 (eq-ih-010) に入れると、

f(s,τ;m)=(1−τ)[s(p−1)mp−{spmp−1}2+1]+τ[s(p−1)mp−spmp−1]

となります。

通常の一様横磁場は、τ=0 の軸に沿って進む経路です。この軸では、p≥3 のp-spin模型に一次転移が現れます。一方、(s,τ) 平面を使えるなら、一次転移線の端を回り込む経路を選べます。Susa--Yamashiro--Yamamoto--Nishimoriの結果では、零温で完全に横磁場を切れる理想条件のもとで、一次転移線は途中で終端し、s=τ=0 から s=τ=1 へ相転移を横切らない経路が存在します。

この「相転移を起こす集団性を壊す」という見方は、かなり示唆的です。一次転移は、多くの自由度が一斉に別の谷へ移る現象です。不均一駆動では、横磁場が切れた部分と残った部分が共存するので、全系が一枚岩のまま飛ぶ必要がなくなります。平均場模型では、その効果が自由エネルギーの式にそのまま現れます。

4. 有限温度と不完全な制御 ​

もちろん、理想条件は強い仮定です。実機では温度はゼロではなく、横磁場を完全にサイトごとに切ることも難しいです。Susa--Yamashiro--Yamamoto--Hen--Lidar--Nishimoriは、有限温度や不完全な横磁場消去を入れた解析を行いました。

有限温度では、式 (eq-ih-008) の log⁡cosh がそのまま効きます。零温で消えていた熱的な揺らぎが、m=0 付近の谷を安定化するため、新しい一次転移線が現れることがあります。つまり、理想的には相転移を避けられた経路でも、有限温度では完全な回避ができない場合があります。

また、横磁場を切ったはずのサイトにも小さな残留横磁場 γ が残ると、たとえば

Γi(s,τ)={1,0≤i/N≤1−τ,γ,1−τ<i/N≤1,0<γ<1

のようになります。この場合も、零温での自由エネルギーは

f(s,τ;m)=s(p−1)mp−(1−τ){spmp−1}2+1−τ{spmp−1}2+γ2

となり、完全消去の場合とは相図が変わります。新しい一次転移線が現れる一方で、磁化ジャンプ Δm は一様駆動の場合より小さくなる領域があります。これは、相転移を完全には消せなくても、自由エネルギー障壁を薄くしてトンネルを助ける可能性を意味します。

5. ランダム場p-spin模型での意味 ​

不均一横磁場が特に面白いのは、ランダム縦場があるp-spin模型です。

H^0=−N(1N∑iσ^iz)p−∑ihiσ^iz

この模型では、反強磁性XX項を入れても一次転移を二次転移へ変えられない場合があります。non-stoquastic触媒が万能ではないことを示す、よい試験台です。

不均一横磁場を入れると、零温自由エネルギーは

f(s;m)=s(p−1)mp−[∫01dx{spmp−1+sh}2+Γ(x,s)2]h

になります。h は二値分布やガウス分布に従うランダム場です。この式では、ランダム場が縦方向の有効場をずらし、不均一横磁場が横方向の揺らぎをサイトごとに変えます。

解析では、ランダム場がある場合にも、不均一横磁場が一次転移線を取り除ける領域が見つかります。これは、反強磁性XX相互作用とは別の機構で相転移を回避していることを示します。横方向に相互作用を足してnon-stoquasticにする道もあります。横磁場の切り方をサイトごとに変える道もあります。どちらも「ハミルトニアンの経路設計」ですが、自由エネルギーを変える場所が違います。

6. 古典的な不均一温度とは同じではない ​

「一部のサイトだけ先に古典化するなら、シミュレーテッドアニーリングでサイトごとに温度を下げても同じではないか」と思うかもしれません。これを調べるために、古典的な不均一温度駆動も比較されます。

古典Ising変数 σi=±1 に対して、サイトごとの逆温度 βi を入れた重みを考えると、

exp⁡[(1N∑iβiσi)p+∑iβihiσi]

のような形になります。これもデルタ関数で秩序変数を入れて鞍点解析できます。しかし、少なくともp-spin模型の比較では、不均一温度駆動は量子の不均一横磁場ほど一次転移を消しません。横磁場は、単に温度を下げる順番を変える操作ではなく、非可換な量子ゆらぎをサイトごとに消していく操作です。

この差が、この話のいちばんおいしいところです。量子性は「何となくすごい」ではなく、同じ平均場模型に古典的な対応物を作って比べたとき、自由エネルギー地形の変わり方として現れます。

7. どこまで実機に持ち込めるか ​

D-Waveのanneal offsetは、理論式の Γi(s) を完全に自由に設定する機能ではありません。各qubitのスケジュールを前後にずらすため、横磁場係数 Ai(s) だけでなく、問題ハミルトニアン側の係数にも影響が出ます。また、結合しているqubit同士でスケジュールがずれると、有効な結合の解釈にも注意が必要です。

それでも、この機能は重要です。全スピンを同時に動かすだけでなく、問題構造に応じて「どの変数を先に固めるか」「どの変数に量子ゆらぎを残すか」を試せるからです。理論のp-spin模型では全スピンが対称なので順番は本質的ではありませんが、実問題では変数ごとに役割が違います。制約に近い変数、目的関数に強く効く変数、局所場が大きい変数、チェーンの中で壊れやすい変数。サイトごとのスケジュール制御は、これらを量子アニーリングの経路設計へ取り込む入口になります。

最後にもう一度、平均場計算の言葉に戻ります。不均一横磁場の解析は、

Γi(s)⟶Γ(x,s)⟶f(s;m)⟶∂f∂m=0

という流れです。サイトごとの制御を入れても、最終的には秩序変数、補助場、鞍点方程式で見ます。この講義で何度も出てきた手順が、そのまま実機制御のアイデアへ伸びています。

文献案内: Y. Susa, Y. Yamashiro, M. Yamamoto, and H. Nishimori, [1]; Y. Susa, Y. Yamashiro, M. Yamamoto, I. Hen, D. A. Lidar, and H. Nishimori, [2]; D-Wave Systems, Quantum annealing documentation.

参考文献 ​

  1. Yuki Susa, Yu Yamashiro, Masayuki Yamamoto, Hidetoshi Nishimori, “Exponential Speedup of Quantum Annealing by Inhomogeneous Driving of the Transverse Field,” Journal of the Physical Society of Japan 87, 023002 (2018). 出典

  1. Yuki Susa, Yu Yamashiro, Masayuki Yamamoto, Itay Hen, Daniel A. Lidar, Hidetoshi Nishimori, “Quantum annealing of the p -spin model under inhomogeneous transverse field driving,” Physical Review A 98, 042326 (2018). 出典