補遺: リバースアニーリング
通常の量子アニーリングでは、最初に強い横磁場をかけ、すべての古典配置を重ね合わせた簡単な基底状態から出発します。そこから横磁場を弱め、目的ハミルトニアンの基底状態へ近づけます。リバースアニーリングは、この向きを少しひねります。すでに手元にある古典的な候補解から始め、その近傍だけを量子ゆらぎで掘り直し、最後にまた古典状態として読み出します。
直観的には、広い野原を最初から全部探すのではなく、「このあたりが怪しい」と分かっている場所の周辺を掘る方法です。ただし、この直観だけでは危ないです。候補解がどれだけ真の解に近いか、途中で横磁場をどこまで戻すか、自由エネルギー地形の谷がどう変わるかを見ないと、うまくいく条件は分かりません。そこで、p-spin模型の平均場解析が役に立ちます。
1. 何を逆にするのか
通常の横磁場量子アニーリングは
です。
リバースアニーリングでは、最初の古典候補解をハミルトニアンとして入れます。候補解を
とし、この状態を基底状態に持つ初期ハミルトニアンを
と置きます。
adiabatic reverse annealingを平均場解析で書くと、典型的には
です。
実機でしばしば使われる操作は、古典状態から始めてアニーリングパラメータをいったん戻し、途中で止め、また進めるという局所探索です。これは候補解を初期条件として入れる iterated reverse annealing と呼ばれることがあります。一方、式 (eq-ra-004) のように初期ハミルトニアンをハミルトニアンの一部として明示的に入れるものを adiabatic reverse annealing と呼ぶと、平均場解析がかなり見通しよくなります。
2. p-spin模型で候補解の近さを見る
目的ハミルトニアンを、講義本文で使った強磁性p-spin模型にします。
奇数の
で表します。
Suzuki--Trotter分解を行い、各スライスに磁化
を入れます。デルタ関数の挿入は
です。これにより、
です。有限温度の自由エネルギーは
となります。角括弧
です。対応する鞍点方程式は
になります。
この式の読み方は、かなり気持ちがよいです。
通常の量子アニーリング、つまり
候補解がそこまで良くない場合でも、意味がなくなるわけではありません。一次転移で二つの局所最小が残っていても、その間の磁化のジャンプ
が小さくなる場合があります。自由エネルギーの二つの谷の距離が小さくなれば、トンネルの壁は薄くなります。断熱定理だけでなく、有限時間の量子ダイナミクスを考えると、この「壁を薄くする」効果は重要です。
3. ランダム場がある場合
実際の推定問題や最適化問題では、全サイトが完全に同じではありません。そこで、目的ハミルトニアンに縦方向のランダム場を入れた
も考えます。このとき一スピンが感じる縦場は
となり、零温の自由エネルギーは
です。ランダム場が二値分布なら平均は有限個の和になり、ガウス分布なら積分になります。式の形は変わりません。違いは、局所場
Ohkuwa--Nishimori--Lidarの解析では、ランダム場を入れても、候補解が十分近ければ一次転移線に切れ目ができること、切れ目ができない場合にも
4. non-stoquastic項と組み合わせる
反強磁性XX項を加えたリバースアニーリングも、同じ表記で書けます。たとえば
とします。
となります。零温の自由エネルギーは
と書けます。ここでも、反強磁性XX項は横方向の有効場を
ただし、二つの工夫を足せば必ず良くなる、という話ではありません。反強磁性XX項だけですでに一次転移が二次転移へ変わる領域では、リバースアニーリングの役割は小さくなることがあります。逆に、non-stoquastic性が強すぎると、リバースアニーリングで開くはずの切れ目の位置が変わり、通常の量子アニーリングの方が自然な経路になる場合もあります。ここでも判断基準は、相図と自由エネルギーの谷です。
5. 動力学で見るリバースアニーリング
平均場の自由エネルギーは、平衡状態の地図です。では、実際に時間発展させたときにもその地図どおりに動くのでしょうか。Yamashiro--Ohkuwa--Nishimori--Lidarは、全結合p-spin模型についてユニタリ時間発展を数値的に解き、平衡統計力学の予測と動力学を比較しました。
ここで重要になる区別は、adiabatic reverse annealing と iterated reverse annealing です。前者は式 (eq-ra-004) のように初期ハミルトニアンを入れ、断熱経路として設計します。後者は、古典候補状態を初期条件として用意し、D-Wave型のスケジュールで戻して進める局所探索に近いです。p-spin模型では、断熱的に設計したリバースアニーリングでは指数的な改善を示す平衡解析と整合する一方、単純なiterated reverse annealingは同じ模型では効きにくいことが報告されています。
この差は、実機でのリバースアニーリングを読むときにも大切です。実機の操作は、断熱定理のきれいな理想形だけで動いているわけではありません。熱浴、緩和、ポーズ、読み出し、制御誤差が入ります。だからこそ、平衡相図で「なぜ効く可能性があるか」を見てから、動力学で「どこまで実際に効くか」を見る必要があります。
6. CDMA多ユーザ検出への応用
リバースアニーリングの見方は、推定問題にも使えます。Arai--Ohzeki--Tanakaが扱ったCDMA多ユーザ検出では、送信された二値信号
と書くと、
です。したがって事後分布はGibbs分布として読めます。
対応する古典ハミルトニアンは
です。これはランダムな二体相互作用とランダム場を持つIsing模型です。推定問題の難しさが、スピングラス的な自由エネルギー地形として現れます。
量子ゆらぎを入れると
です。リバースアニーリングでは、初期候補
として加えます。
初期候補が真の信号と一致する割合を
で表します。p-spin模型の
レプリカ法では、信号との重なり
レプリカ間の重なり
同一レプリカ内のTrotter相関
を入れ、デルタ関数とフーリエ積分表示で制約します。レプリカ対称性と静的近似を置くと
となり、自由エネルギー密度は、秩序変数と共役変数に関する鞍点問題として書けます。変数の集合を
と置くと、汎関数
ここで
です。
この解析から分かることは、かなり繊細です。初期候補が「真の信号に対して独立に、割合
この点は、リバースアニーリングを研究道具として見る上で大事です。「良い初期解を入れればよい」では終わりません。その初期解が、目的関数にすでに含まれている情報の焼き直しなのか、それとも目的関数の外から来た本当に新しい情報なのでしょうか。平均場解析は、その違いを自由エネルギー地形の違いとして問い直します。
参考文献
- Masaki Ohkuwa, Hidetoshi Nishimori, Daniel A. Lidar, “Reverse annealing for the fully connected p -spin model,” Physical Review A 98, 022314 (2018). 出典
- Yu Yamashiro, Masaki Ohkuwa, Hidetoshi Nishimori, Daniel A. Lidar, “Dynamics of reverse annealing for the fully connected p -spin model,” Physical Review A 100, 052321 (2019). 出典
- Shunta Arai, Masayuki Ohzeki, Kazuyuki Tanaka, “Mean field analysis of reverse annealing for code-division multiple-access multiuser detection,” Physical Review Research 3, 033006 (2021). 出典
