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補遺: 断熱ショートカット――状態の追従と終点の逆設計 ​

断熱ショートカット(shortcuts to adiabaticity、STA)は、基準となる断熱操作の終状態や固有状態占有確率を、短い有限時間で再現する制御です。 CD駆動(counterdiabatic driving)は、その実現方法の一つです。STAには到達条件があり、その条件を満たす制御の作り方が複数あります。さらに実装上の制約の下で、その条件に近づける近似手法も研究されています。[1]

量子アニーリング(QA)では、準備しやすいドライバーの基底状態から問題ハミルトニアンの基底状態へ、励起を抑えて運びたい。そのために何を追加し、どの波形を設計するのか。本補遺では、最初にSTAの到達条件を定め、QA・断熱量子計算に関係する代表的な研究を一覧にします。その後、二準位系と調和振動子で設計を手計算します。

読み方。 研究の見取り図を知りたい場合は第1・2節、CD項の物理を確かめたい場合は第4節、CD項を明示的に足さないSTAを知りたい場合は第6節から読めます。量子力学の基礎のPauli行列・交換関係が、ここでは制御を作る道具になります。

1. 最後を合わせることと、途中も追従すること ​

基準ハミルトニアンを H0(t) とし、離散的で非縮退な固有値・固有状態を En(t),|n(t)⟩ とします。断熱操作の目標は、各固有状態を対応する終状態へ運ぶことです。

H0(t)|n(t)⟩=En(t)|n(t)⟩,|n(0)⟩⟶eiαn(T)|n(T)⟩.

この条件を時間発展演算子で書くと、対象とする固有状態について次の等式になります。

USTA(T)|n(0)⟩=eiϕn|n(T)⟩,Pm←n(T)=δmn.

QAで基底状態の準備だけが目標なら、まず n=0 について満たすことを要求します。最終基底状態が縮退していれば、特定の一本のベクトルへの一致よりも、基底状態部分空間への到達を目標にする場合があります。ここでの例は非縮退の場合を扱います。

STAでは、この終点の条件を有限時間で満たすよう制御を設計します。占有確率の再現が目標なら、位相 αn は断熱操作と同じでなくても構いません。初期状態が異なる固有状態の重ね合わせなら、相対位相も観測に効くため、何を再現したいかを先に決める必要があります。

方法何を設計するか途中の状態
厳密なCD駆動基準経路の遷移を打ち消す補助ハミルトニアン基準 H0 の瞬間固有状態を追従
不変量に基づく逆設計初期・終条件を満たす不変量と制御波形実際の H の瞬間固有状態から外れてよい
ファストフォワード法状態の発展を加速する位相と駆動場選んだ状態・制御に応じて追加位相を持つ

これらは互いに無関係な分類ではありません。同じ操作が基底変換を通して別の形に見える場合もあります。最適制御もSTAの制約や誤差を調整するために使えますが、任意の高速パルスをSTAと呼ぶのではなく、対応させる断熱操作と到達条件を明示します。[1] [5]

2. QAの状態準備を速める研究の見取り図 ​

基準のQA経路を H0(λ)=(1−λ)HD+λHP、λ(0)=0、λ(T)=1 とします。HD はドライバー、HP は問題ハミルトニアンです。CD駆動では、この経路に沿う遷移を抑えるため、断熱ゲージポテンシャル Aλ を用いて HCD=λ˙Aλ を加えます。逆設計では、状態や不変量の望ましい運動を先に決め、磁場などの制御を求めます。

以下はQA・断熱量子計算への提案と、その基盤となる多体状態準備の代表的な研究です。厳密STA、近似CD、デジタル回路への応用を区別して読みます。近似CDによる忠実度改善は、式031を厳密に満たすことや、一般的な最適化問題での高速化の保証とは異なります。

年・文献物理的な方法対象と制御する量得られた知見と適用範囲
2012 [6]量子臨界点を横切る厳密CD一次元横磁場Ising模型。多体スピン演算子からなる補助項可解模型で厳密項を構成し、相互作用範囲を打ち切る近似も検討。汎用最適化の実機実証ではなく、多体CDの構造を理解する基盤
2017 [7]動的不変量からの逆設計横磁場Ising模型。平均場の磁化軌道から磁場の時間依存性を設計無限レンジ模型などを用いた理論・数値解析。平均場の仮定と有限系の誤差を区別する必要がある
2017 [8]局所CDの変分構成利用できる局所演算子にゲージポテンシャルを制限全固有状態を直接求める厳密式を、制約付き最小化へ置き換える。多体系の励起抑制を示すが、有限の演算子集合では一般に近似
2019 [9]制約符号化と局所CDLHZで符号化したIsing問題。局所 y 磁場と古典的に調整するパラメータ数値計算で終状態の基底状態忠実度を改善。制約相互作用も含む実装が必要で、標準的なQA装置にそのまま載るとは限らない
2019 [10]交換子展開と周期駆動多体系の近似ゲージポテンシャルを入れ子の交換子で構成し、周期駆動で実現作りにくい補助項を有効ハミルトニアンとして生む方法。展開の打ち切りと有限周波数の誤差が残る
2021 [11]二つの制御パラメータを用いた近似CDQAの補間と横磁場の振幅に自由度を持たせる単一パラメータの局所近似を拡張した理論・数値研究。自由度を増やす効果と制御の負担を合わせて評価する
2021 [12]デジタル化したCD駆動Ising鎖の状態準備とBell・GHZ状態の生成。補助項を量子ゲートへ分解数値計算に加えてIBM量子コンピュータで実装。ゲート型装置での実験であり、D-Wave型アニーラでの実装とは区別する
2022 [13]CDとQAOAの接続二準位系、Ising鎖、MaxCut。交互ゲートの交換子項と変分角離散化で現れる項を近似ゲージポテンシャルと対応づける。一般のQAOAが厳密STAになるという主張ではない
2024 [14]Krylov空間でのCD構成単粒子・多体系の演算子空間。交換子で生成する基底とLanczos係数多体CD項の構成と相互作用の構造を整理する理論的基盤。QA実機の性能比較とは別の成果

2.1 多体CDの難しさを、演算子の形から理解する ​

一次元Ising模型の研究 [6] では、可解性を用いて非断熱遷移を打ち消す補助項を求められます。しかし、スピンの表示へ戻すと、長い範囲にまたがる多体項が現れます。「厳密な式がある」ことと「装置で作れる」ことの間に、この演算子構造の問題があります。第4節で得る単一スピンの σy 項は、その最も簡単な場合です。

局所変分法 [8] は、使える演算子を先に選びます。たとえば Aλ=∑jaj(λ)σjy と置き、係数を最適化します。LHZへの応用 [9] は、符号化された問題の状態準備に局所 y 磁場を使う具体例です。二パラメータの提案 [11] は、経路の自由度も増やす方向に進みます。いずれも、補助項の有無だけでなく、許した制御の集合が結果を左右します。

2.2 CD項を求めることと、実装することを分ける ​

交換子展開・周期駆動 [10] とKrylov空間の構成 [14] は、ゲージポテンシャルを演算子の組合せとして求める方法です。前者では、周期的な制御から必要な項を有効的に生む実装も考えます。物理的に直接加える項と、時間発展を平均したときに現れる項を区別する必要があります。

デジタル化したCD駆動 [12] では、求めた時間発展をゲート列へ変換します。QAOAとの接続 [13] では、交互に掛けた非可換な演算子が作る交換子項に注目します。比較する費用にも、アナログ制御の強度だけでなく、ゲート数・回路深さ・誤差が加わります。

2.3 CD項を明示的に足さず、軌道から制御を求める ​

不変量に基づくQAの逆設計 [7] は、磁化などの運動から必要な磁場を決める方法です。平均場で閉じた方程式を使う場合、有限の多体系の全波動関数を厳密に追えているとは限りません。それでも、既存の経路を補正する以外に、経路そのものを作る方向があることが分かります。

第6節の調和振動子は、この逆設計を厳密解で体験するための例です。調和振動子がそのまま組合せ最適化問題を解くという意味ではありません。幅の運動を先に決め、必要な制御を逆算する考え方を、微分と連立方程式だけで確認します。

2.4 CDの解説とつなぐ ​

講義本文の厳密CD項では、瞬間固有状態への射影から補助項を導きます。断熱ゲージポテンシャルの変分原理では、それを実装可能な演算子に制限します。本補遺の研究一覧は、この二つの計算がどのような提案へ広がったかを示すものです。

次節では一般式を短く確認し、第4節で一つのスピンについて計算します。第6節では終点の条件を満たす別の設計を扱います。二つの例で共通するのはSTAの到達条件であり、途中の状態を運ぶ仕組みは異なります。

3. 瞬間固有基底で見る非断熱遷移 ​

断熱的に追従する状態を、位相まで含めて次のように置きます。

|ψn(t)⟩=eiαn(t)|n(t)⟩,α˙n=−Enℏ+i⟨n|n˙⟩.

規格化を微分すると ⟨n˙|n⟩+⟨n|n˙⟩=0 なので、i⟨n|n˙⟩ は実数です。この状態をシュレーディンガー方程式に代入すると、

iℏ∂t|ψn⟩=eiαn[En|n⟩+iℏ(|n˙⟩−|n⟩⟨n|n˙⟩)].

H0 だけでは角括弧内の第一項しか作れません。残りを補うように、全固有状態について足し合わせればCD項が得られます。[2]

HCD=iℏ∑n(|n˙⟩⟨n|−⟨n|n˙⟩|n⟩⟨n|),H=H0+HCD.

異なる固有状態間では ⟨m|HCD|n⟩=iℏ⟨m|n˙⟩ となります。一方、対角要素はこの規約ではゼロです。固有方程式を微分し、左から ⟨m| を掛けると、m≠n に対して

⟨m|H˙0|n⟩+Em⟨m|n˙⟩=En⟨m|n˙⟩,⟨m|HCD|n⟩=iℏ⟨m|H˙0|n⟩En−Em.

ギャップが小さいところで大きな制御が必要になりうる理由が、この分母から見えます。ただし分子もゼロになる場合は別に調べます。縮退点では、この非縮退の式をそのまま適用できません。

4. 例1:スピンを反転し、途中も基底状態に留める ​

達成したいこと。 磁場の向きを z 方向から反対向きへ回して、基底状態のスピンを反転させます。単に速く回すと励起します。そこで、追加の y 方向磁場で遷移を打ち消します。研究一覧のCD駆動を、一つのスピンだけで確かめる例です。

計算の順序は、磁場と一緒に回る基底へ移る、そこで現れる余分な項を求める、逆符号の項を加える、の三段階です。

角周波数の次元を持つ Ω(t)>0 と角度 θ(t) を使って、

H0(t)=ℏΩ(t)2(cos⁡θ(t)σz+sin⁡θ(t)σx),U(t)=e−iθ(t)σy/2

と置きます。σz|↑⟩=|↑⟩、σz|↓⟩=−|↓⟩ とします。Pauli行列を掛ければ、

U=(cos⁡(θ/2)−sin⁡(θ/2)sin⁡(θ/2)cos⁡(θ/2)),UσzU†=cos⁡θσz+sin⁡θσx

を確認できます。したがって固有状態は |+⟩=U|↑⟩ と |−⟩=U|↓⟩、エネルギーは ±ℏΩ/2 です。実数の固有ベクトルを選んだこの表示では ⟨±|∂t±⟩=0 です。式を覚える代わりに、回転する基底へ移ってみましょう。

|ψ⟩=U|χ⟩ と置き、時間微分して左から U† を掛けます。

iℏ|χ˙⟩=(U†HU−iℏU†U˙)|χ⟩,−iℏU†U˙=−ℏθ˙2σy.

H=H0 だけなら、回転基底には σy の項が残り、|↑⟩ と |↓⟩ が混ざります。そこで実験室系に逆符号の項を加えます。U は σy と可換なので、

HCD=ℏθ˙2σy,U†(H0+HCD)U−iℏU†U˙=ℏΩ2σz.

回転基底でハミルトニアンが対角になりました。初期基底状態から出発すれば、任意の速さの θ(t) に対して

|ψ(t)⟩=exp⁡(i2∫0tΩ(t′)dt′)U(t)|↓⟩

が厳密解です。基底状態を追っているので動的位相の符号は正です。この状態は H0 の基底状態であり、一般には H0+HCD の瞬間基底状態ではありません。

4.1 同じ模型をCD項なしで厳密に解く ​

Ω を定数、θ(t)=vt とすると、CD項なしの回転基底のハミルトニアンも時間に依存しません。σy2=σz2=1 と反交換関係を使えば、その指数関数を計算できます。

Hrot=ℏ2(Ωσz−vσy),Λ=Ω2+v2,

e−iHrott/ℏ=cos⁡Λt21−isin⁡Λt2Ωσz−vσyΛ,Pex(t)=v2Ω2+v2sin2⁡Ω2+v2t2.

ここで Pex は H0(t) の励起状態への確率です。v/Ω≪1 なら小さくなります。CD項を加えれば、この確率は全時刻で厳密にゼロです。一方、CD項がなくても ΛT=2πk を満たす特別な終点ではゼロになります。途中の遷移振幅が干渉で消えるのであって、途中まで断熱的だったという意味ではありません。この模型だけでも、「全時刻の追従」と「終点の一致」の違いを確認できます。

4.2 滑らかなスピン反転と制御の強さ ​

θ(0)=0 から θ(T)=π へ動かすと、基底状態は |↓⟩ から位相を除いて |↑⟩ へ移ります。端点でCD項を消すには θ˙(0)=θ˙(T)=0 とすればよく、s=t/T を使った三次式で実現できます。

θ(t)=π(3s2−2s3),θ˙=6πTs(1−s),maxt∥HCD∥=3πℏ4T.

ノルムは演算子ノルムです。時間を半分にすれば、必要な最大CD強度は二倍になります。任意に短い厳密解が書けることと、有限の磁場強度で実装できることは区別します。

5. 避けられた交差での符号とギャップ ​

Landau-Zener型の模型を、Δ>0、掃引速度 ν>0 として

H0=ℏ2(Δσx+νtσz),Ω=Δ2+ν2t2,sin⁡θ=ΔΩ,cos⁡θ=νtΩ

と書きます。Δ の単位は時間の逆数、ν は時間の逆数の二乗です。連続な角度 θ=atan2(Δ,νt) を使うと、

θ˙=−ΔνΔ2+ν2t2,HCD=−ℏΔν2(Δ2+ν2t2)σy,∥HCD(0)∥=ℏν2Δ.

この符号は、前節の回転方向から決まります。最小ギャップ ℏΔ が小さいほど、交差付近で強い制御が必要です。有限の時刻で切り出した線形掃引では端点のCD項は一般にゼロではありません。滑らかに接続したい場合は、端点で掃引速度をゼロにするなど、経路そのものも設計します。

6. 例2:波動関数を広げ、終点で振動を残さず止める ​

達成したいこと。 強いトラップの基底状態から、弱いトラップの幅の広い基底状態へ移します。ゆっくり弱めればできますが、急に弱めるだけでは波動関数の幅が振動します。STAでは、幅を広げる運動と、それを止める操作を設計します。

操作波動関数の動き終点での結果
ゆっくりトラップを弱める瞬間基底状態の幅へ徐々に追従断熱極限で目的の基底状態
急に弱めて放置する最終トラップに対して幅が振動一般に励起が残る
幅の軌道を逆設計する途中で変形してよいが、広がる流れを終点で止める指定した時刻に目的の基底状態

まず幅の倍率 b(t) を決め、次にその動きを実現する ω2(t) を求めます。最後に終点の幅と位相を確認します。

次は、CD項を明示的に足さず、トラップの曲率だけを制御する例です。質量 m の粒子に対して

H(t)=p22m+mω2(t)x22,[x,p]=iℏ

を考えます。初期角周波数を ω0>0 とし、その固有関数を ϕn(y)、固有エネルギーを En0=ℏω0(n+1/2) とします。幅の倍率 b(t)>0 を導入して、次の形を試します。これは時間依存調和振動子の不変量に基づく解と対応します。[3] [4]

ψn(x,t)=1b(t)exp⁡[imb˙(t)x22ℏb(t)−iEn0ℏτ(t)]ϕn(xb(t)),τ˙=1b2,τ(0)=0.

1/b は規格化を保つ係数です。実際、y=x/b と変数変換すれば ∫|ψ|2dx=∫|ϕ|2dy=1 です。二次の位相は、幅を広げる流れを表します。

6.1 シュレーディンガー方程式への代入 ​

A=mb˙/(2ℏb)、ψ=b−1/2eiAx2f(y,t) と略記します。空間微分は積の微分と連鎖律だけで求まります。

∂x2ψ=eiAx2b[(2iA−4A2x2)f+4iAxb∂yf+1b2∂y2f],

∂tψ=eiAx2b[−b˙2bf+iA˙x2f+∂tf−b˙by∂yf].

ここで ∂tf は y を固定した微分です。両辺へ代入すると、f に比例する虚数項と、y∂yf の項がそれぞれ打ち消し合います。残る式は

iℏ∂tf=−ℏ22mb2∂y2f+m2(ω2b2+bb¨)y2f.

これを初期振動子の方程式の 1/b2 倍にしたければ、y2 の係数を合わせればよいわけです。

b¨+ω2(t)b=ω02b3,ω2(t)=ω02b4−b¨b.

第一式がErmakov方程式です。第二式を使うと、ω(t) を与えて波動関数を解く代わりに、欲しい幅 b(t) を決めて、必要なトラップの曲率を求めることができます。

6.2 終点で励起を残さない六つの条件 ​

最終角周波数を ωf>0 とします。基底状態の幅は 1/ω に比例するので、必要な倍率は γ=ω0/ωf です。初期・終状態の幅を合わせ、二次の位相を消し、トラップの曲率も指定値へつなぐ条件は

b(0)=1,b˙(0)=0,b¨(0)=0,b(T)=γ,b˙(T)=0,b¨(T)=0.

b(T)=γ は「欲しい幅に着く」、b˙(T)=0 は「広がる流れを止める」という条件です。二次位相が残れば、密度の幅が一致していても基底状態そのものとは一致しません。b¨(T)=0 はErmakov方程式を通して、最終トラップの曲率を指定値に合わせます。

五次多項式 b=1+a3s3+a4s4+a5s5 を選ぶと、初期の三条件は自動的に満たされます。終点の三条件から

a3+a4+a5=γ−1,3a3+4a4+5a5=0,6a3+12a4+20a5=0,b(s)=1+(γ−1)(10s3−15s4+6s5)

を得ます。これは三元連立方程式を解くだけの設計です。さらに

b˙=30(γ−1)Ts2(1−s)2,b¨=60(γ−1)T2s(1−s)(1−2s)

を代入すれば、制御波形まで明示できます。

数値を一つ入れてみる。 ωf=ω0/4 なら γ=2 です。s=1/4 で b=565/512、b¨=45/(8T2) となるので、

ω2(T/4)ω02=(512565)4−576113(ω0T)2.

ω0T=1 なら約 −4.423、ω0T=4 なら約 0.356 です。後者はこの時刻での値であり、全区間で曲率が正だと示したわけではありません。負の ω2 は反発的な逆放物線ポテンシャルを意味します。短時間化に伴う加速度項は 1/T2 で大きくなります。閉じ込めポテンシャルだけしか使えない装置では、この五次式と操作時間が実装可能かを別途調べます。

7. 交換関係で確かめる動的不変量 ​

前節の解がなぜ全ての n に使えるかを、演算子で確認します。

Q=xb,P=bp−mb˙x,[Q,P]=iℏ,I(t)=P22m+mω02Q22.

DtO=∂tO+(i/ℏ)[H,O] と書きます。Dtx=p/m、Dtp=−mω2x とErmakov方程式から、

DtQ=Pmb2,DtP=−m(bω2+b¨)x=−mω02b2Q,

DtI=(DtP)P+P(DtP)2m+mω022((DtQ)Q+Q(DtQ))=0.

非可換な積の順序を保つと、PQ+QP の二組が打ち消し合います。不変量とは I(t) の式が時間に依存しないという意味ではなく、この演算子方程式を満たすという意味です。[3]

初期・終時刻では I(0)=H(0)、I(T)=γ2H(T) なので固有基底が一致します。途中では一般に I(t) と H(t) は可換ではありません。状態は不変量の固有状態として運ばれ、最後にハミルトニアンの固有状態へ戻ります。初期の各 n は同じ n へ移るため、エネルギー固有基底で対角な混合状態でも占有確率が保たれます。重ね合わせの相対位相は式017の n 依存位相で決まります。

8. 波動関数の幅とエネルギーで結果を読む ​

初期振動子では ⟨y2⟩n=ℏ(n+1/2)/(mω0) です。変数変換と二次位相の微分を使うと、

⟨x2⟩n=ℏ(n+1/2)mω0b2,⟨p2⟩n=mℏ(n+1/2)(ω0b2+b˙2ω0),

⟨H(t)⟩n=ℏ(n+1/2)2ω0(b˙2+ω2b2+ω02b2),⟨H(T)⟩n=ℏωf(n+1/2).

途中では幅を動かす運動エネルギーが現れますが、終点では対応する固有エネルギーになります。曲率が負の区間では瞬間的な束縛基底状態自体が存在しません。それでも波動関数は規格化され、有限時間の操作を通じて最終トラップの固有状態へ到達します。

ここがCD駆動の例との違いです。二準位系では基準ハミルトニアンの固有状態を全時刻で追いました。トラップの逆設計では、途中の変形を許し、最後に励起を残さない条件を課しました。

9. 量子アニーリングへ持ち帰る論点 ​

多体系でもCD駆動の原理は同じですが、全固有状態を知ることや、多体・非局所の補助項を実装することは難しくなります。局所演算子に制限した近似CD項を作る場合は、厳密な遷移抑制が保証されるわけではなく、残る励起や制御コストを評価します。逆設計も、調和振動子のように閉じた演算子代数や厳密解が使える場合ほど簡単には進みません。[1]

それでも、基準経路、利用可能な制御、到達条件を分ける考え方は有用です。量子アニーリングの研究指針で扱う断熱ゲージポテンシャルは、CD項を系統的に考える入口になります。STAを検討するときは、成功確率だけでなく、補助項の最大強度、必要な結合、初期状態の準備、制御誤差も同じ条件で比較します。

10. 手を動かすための演習 ​

  1. 式007を行列積で確かめ、U†U˙ を微分して式008の負号を導いてください。
  2. 式004がエルミートであることを、完全性 ∑n|n⟩⟨n|=1 の時間微分から示してください。
  3. CD項なしの等速回転で、θ(T)=π と Pex(T)=0 が両立する T を求めてください。Ω は一定とします。
  4. 五次多項式の三つの係数を連立方程式から求め、式025の二つの値を電卓で確認してください。
  5. [Q,P]=iℏ と DtI=0 を計算してください。P2 の微分を 2PDtP としてはいけない理由も説明してください。
  6. 初期状態が n=0,1 の重ね合わせの場合、式017から相対位相を求めてください。「占有確率が同じ」と「状態ベクトルが同じ」の違いを説明してください。

解答の手掛かり ​

  1. U†U˙=−iθ˙σy/2 です。(−i)(−i)=−1 を落とさないようにします。
  2. ∑n|n˙⟩⟨n| は反エルミートで、⟨n|n˙⟩ は純虚数です。それぞれに i を掛けるとエルミートになります。
  3. v=π/T を代入すると ΩT=π4k2−1、k=1,2,… です。零点は特定の操作時間への干渉条件です。
  4. (a3,a4,a5)=(γ−1)(10,−15,6) です。
  5. [x/b,bp−mb˙x]=[x,p] です。積の微分では演算子の順序を保ちます。
  6. n=1 の成分は n=0 に対して exp⁡[−iω0∫0Tdt/b2] の位相を得ます。占有確率の保存だけでは、任意の重ね合わせに対する断熱操作の位相まで再現したことにはなりません。

参考文献 ​

  1. D. Guéry-Odelin, A. Ruschhaupt, A. Kiely, E. Torrontegui, S. Martínez-Garaot, J. G. Muga, “Shortcuts to adiabaticity: Concepts, methods, and applications,” Reviews of Modern Physics 91, 045001 (2019). 出典

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  1. H. R. Lewis, Jr., W. B. Riesenfeld, “An Exact Quantum Theory of the Time-Dependent Harmonic Oscillator and of a Charged Particle in a Time-Dependent Electromagnetic Field,” Journal of Mathematical Physics 10, 1458–1473 (1969). 出典

  1. Xi Chen, A. Ruschhaupt, S. Schmidt, A. del Campo, D. Guéry-Odelin, J. G. Muga, “Fast Optimal Frictionless Atom Cooling in Harmonic Traps: Shortcut to Adiabaticity,” Physical Review Letters 104, 063002 (2010). 出典

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  1. Dries Sels, Anatoli Polkovnikov, “Minimizing irreversible losses in quantum systems by local counterdiabatic driving,” Proceedings of the National Academy of Sciences 114, E3909–E3916 (2017). 出典

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