1日目: 量子アニーリングの基礎
この日の式の地図
1日目は、量子アニーリングを「何となく量子ゆらぎを入れる方法」としてではなく、ハミルトニアンの基底状態を時間発展で追う方法として定式化する回です。式の流れは、目的ハミルトニアン、ドライバー、補間、断熱定理、非断熱遷移、反断熱項の順に進みます。
| 段階 | 式の役割 | 対応ページ |
|---|---|---|
| 問題設定 | 最適化問題を | 科学大 p.2-4 / 20260903 p.2 |
| 断熱追随 | 科学大 p.5-8 / 20260903 p.3-4 | |
| スケジュール改善 | 端点微分を消して遷移確率の次数を上げる | 科学大 p.7-8 / 20260903 p.4-5 |
| 反断熱駆動 | 非断熱遷移を打ち消す | 科学大 p.9-11 / 20260903 p.5-7 |
| QAOAの入口 | 連続時間発展をゲート列へ落とす準備 | 科学大 p.12-13 / 20260903 p.7 |
コラム 1日目 0:12:24-0:16:10 / 0:16:10-0:22:10
板書を残すためのYouTube Live
冒頭では、この集中講義を黒板だけで終わらせず、YouTube Liveのアーカイブとして残す意図が語られました。対面の板書講義のよさを保ちつつ、受講者があとから何度も戻れるようにする、という設計です。
コロナ禍以後、講義記録が残ることの価値は大きくなりました。PC上の手書き板書とコメント欄での質問を組み合わせることで、3日間の集中講義そのものが「あとで参照できる研究ノート」に近づいています。
全体像として、1日目は量子アニーリングと断熱定理、2日目はHopfield模型・量子モンテカルロ・鈴木-トロッター分解、3日目は虚時間Schrodinger方程式・Fokker-Planck方程式・拡散モデルへ進む、と予告されました。
冒頭では、この集中講義を黒板だけで終わらせず、YouTube Liveのアーカイブとして残す意図が語られました。対面の板書講義のよさを保ちつつ、受講者があとから何度も戻れるようにする、という設計です。
コロナ禍以後、講義記録が残ることの価値は大きくなりました。PC上の手書き板書とコメント欄での質問を組み合わせることで、3日間の集中講義そのものが「あとで参照できる研究ノート」に近づいています。
全体像として、1日目は量子アニーリングと断熱定理、2日目はHopfield模型・量子モンテカルロ・鈴木-トロッター分解、3日目は虚時間Schrodinger方程式・Fokker-Planck方程式・拡散モデルへ進む、と予告されました。
この場面では、まず集中講義そのものをYouTube Liveで残す理由が話されています。黒板で行う対面講義の熱量を保ちつつ、あとから板書や議論を見返せる形にすることが狙いです。配信では名前やコメントが残る一方、質問をその場で受けられるので、受講者がノートを取りながら参加できる余地も作られています。
東京科学大学で2年に1回担当している集中講義であり、今回は量子アニーリングを正面から扱う、と導入されます。量子アニーリングは東京工業大学・東京科学大学の物理学系にとって歴史的にも縁が深く、門脇・西森の仕事から続く流れを、研究史も含めて語れる題材として選ばれています。
3日間の見取り図もここで示されます。初日は量子アニーリングの基礎、断熱定理、森田・西森のスケジュール、反断熱項へ進み、2日目は統計力学・量子モンテカルロ・鈴木-Trotter分解、3日目は虚時間Schrodinger方程式、Fokker-Planck方程式、拡散モデルへ向かうという流れです。講義を単なる入門で止めず、現在進行形の研究に接続する意図も強調されています。
1. 最適化問題をIsingハミルトニアンへ写す
量子アニーリングの第一歩は、解きたい組合せ最適化問題をハミルトニアンの基底状態問題として書くことです。板書では、目的ハミルトニアンを
と置きます。
というエネルギー関数になります。この
講義では、Ising模型をHeisenberg模型の簡略化として導入しています。等方的なHeisenberg相互作用は本来
のように
とします。この単純化によって、
Pauli行列は
で、交換関係
を満たします。
です。ここで重要なのは、
コラム 1日目 0:31:36-0:32:32 / 0:32:32-0:33:29
量子アニーリングは何を解くために生まれたか
講義では、量子アニーリングを「量子力学のダイナミクスを使って組合せ最適化問題を解くためのアルゴリズム」として導入しています。ここでの主役は、抽象的な量子計算そのものではなく、解きたい問題をエネルギー最小化として読み替える手続きです。
門脇・西森の提案が触れられ、Ising模型の基底状態を求めることが最適解を得ることに対応する、という基本線が確認されました。経路探索やナップサック問題のように、0/1またはプラス・マイナス1の離散変数が増えると候補が爆発する、という実感からこの定式化に入ります。
講義では、量子アニーリングを「量子力学のダイナミクスを使って組合せ最適化問題を解くためのアルゴリズム」として導入しています。ここでの主役は、抽象的な量子計算そのものではなく、解きたい問題をエネルギー最小化として読み替える手続きです。
門脇・西森の提案が触れられ、Ising模型の基底状態を求めることが最適解を得ることに対応する、という基本線が確認されました。経路探索やナップサック問題のように、0/1またはプラス・マイナス1の離散変数が増えると候補が爆発する、という実感からこの定式化に入ります。
ここでは、量子アニーリングが何を目的に生まれたのかが短く整理されます。量子力学の時間発展を使って組合せ最適化問題を解く、というのが基本の発想であり、解きたい問題をハミルトニアンのエネルギー最小化として表すところから話が始まります。
門脇・西森による1998年前後の提案が紹介され、孤立量子系のSchrodinger方程式に従うダイナミクスを念頭に、問題ハミルトニアンの基底状態を得ることが最適解を得ることに対応すると説明されます。ここで重要なのは、量子計算の抽象的な言葉よりも、スピン配置と目的関数を対応させる統計力学的な見方です。
経路探索やナップサック問題のような離散的な選択問題は、変数の数が増えると候補数が爆発します。その膨大な候補を一つずつ調べるのではなく、エネルギー地形として持ち込み、低い場所を探すという視点が量子アニーリングの入口になります。
2. 横磁場ドライバーから始める
目的ハミルトニアンだけでは、古典的な候補状態のエネルギーを比べる問題に戻ってしまいます。そこで、
です。
横磁場だけの基底状態は、各スピンが
にある直積状態で、
と書けます。この状態はすべての古典配置を同じ振幅で含むため、初期状態として用意しやすい状態です。
講義では、ゆらぎの種類も対応づけています。
| 見方 | 変数・演算子 | 意味 |
|---|---|---|
| 熱ゆらぎ | 確率分布で古典状態を重みづけする | |
| 量子ゆらぎ | 非可換な演算子で状態を混ぜる | |
| サンプルゆらぎ | スピングラスの乱雑さとして相互作用をばらつかせる |
この整理は、後でシミュレーテッドアニーリング、量子モンテカルロ、拡散モデルを同じ講義の中で見比べるための伏線になっています。
コラム 1日目 0:45:04-0:47:20
Ising模型だけが唯一の入口ではない
シミュレーテッドアニーリングの「パラメータをゆっくり変えると低エネルギー状態へ行きやすい」という直観が、量子アニーリングにも流れ込んでいます。ただし、横磁場の強さは大きければよいわけではなく、目的ハミルトニアンのエネルギースケールと合わせる必要があります。
また講義では、Ising模型が唯一の表現ではないことも補足されました。原理的には、目的関数を何らかのハミルトニアンに埋め込み、それと可換でないドライバーを用意できればよいです。Ising形式が中心になったのは、スピングラス理論との接続と、二準位系として実装しやすい物理的事情が大きい、という説明です。
シミュレーテッドアニーリングの「パラメータをゆっくり変えると低エネルギー状態へ行きやすい」という直観が、量子アニーリングにも流れ込んでいます。ただし、横磁場の強さは大きければよいわけではなく、目的ハミルトニアンのエネルギースケールと合わせる必要があります。
また講義では、Ising模型が唯一の表現ではないことも補足されました。原理的には、目的関数を何らかのハミルトニアンに埋め込み、それと可換でないドライバーを用意できればよいです。Ising形式が中心になったのは、スピングラス理論との接続と、二準位系として実装しやすい物理的事情が大きい、という説明です。
この質疑では、横磁場の強さやIsing模型以外の表現可能性が話題になります。量子アニーリングは、単に量子力学から突然出てきたわけではなく、熱ゆらぎを使うシミュレーテッドアニーリングの直観を背景にしています。パラメータをゆっくり変えれば低エネルギー状態へ到達しやすい、という考え方が量子版にも持ち込まれます。
横磁場の大きさについては、十分大きければ何でもよい、というわけではありません。目的ハミルトニアンの係数やエネルギースケールとドライバーハミルトニアンのスケールが大きくずれると、補間中に一方だけが支配的になり、ちょうどよい遷移の場面を作りにくくなります。実際には問題のスケールに合わせる必要があります。
Ising形式は非常に便利ですが、唯一の入口ではありません。目的関数をハミルトニアンとして表し、それと可換でないドライバーを用意できれば、原理的には別の模型でも同じ発想を組み立てられます。Ising模型が中心に置かれるのは、スピングラス理論との接続、二準位系としての実装のしやすさ、そして最適化問題への翻訳の明快さがあるためです。
3. 時間依存ハミルトニアンで目的状態へ運ぶ
量子アニーリングでは、時間依存ハミルトニアン
を考えます。補間関数は
を満たします。初期時刻では
線形スケジュールなら
です。講義では無次元時間
も使います。このとき
となります。
実時間のシュレーディンガー方程式は
であり、
です。ここで
コラム 1日目 0:57:33-1:02:28
QAとAQC、同じ絵をどちら向きに描くか
門脇・西森の量子アニーリングでは、横磁場を強くしておき、それを0へ下げる書き方が自然に現れます。一方でFarhiらの量子断熱計算、AQCでは、補間パラメータを0から1へ動かす書き方が前面に出ます。
講義中の歴史談では、量子アニーリングの提案が先にあり、その経緯を西森先生が国際会議などで丁寧に説明し続けたことが紹介されました。数式としては同じような補間を扱っていても、何を強調して名づけるかで研究コミュニティの見え方が変わる、という好例です。
門脇・西森の量子アニーリングでは、横磁場を強くしておき、それを0へ下げる書き方が自然に現れます。一方でFarhiらの量子断熱計算、AQCでは、補間パラメータを0から1へ動かす書き方が前面に出ます。
講義中の歴史談では、量子アニーリングの提案が先にあり、その経緯を西森先生が国際会議などで丁寧に説明し続けたことが紹介されました。数式としては同じような補間を扱っていても、何を強調して名づけるかで研究コミュニティの見え方が変わる、という好例です。
ここでは、量子アニーリングと量子断熱計算の歴史的な違いが語られます。門脇・西森の量子アニーリングでは、強い横磁場から始め、それを弱めていくという書き方が自然でした。実験的にも「横磁場をかけて切る」という絵で理解しやすい導入です。
一方、Farhiらの量子断熱計算では、初期ハミルトニアンと問題ハミルトニアンを0から1へ補間する形が前面に出ます。数式としては同じ構造を含みますが、AQC側は量子力学の断熱定理を強く意識し、ゆっくり変化させれば基底状態を追跡できるという説明を明確に打ち出しました。
講義では、どちらが先か、どちらの名前が広まったか、そして日本発の仕事が国際的な呼称の中でどう扱われたかにも触れられます。西森先生が国際会議などで量子アニーリングの経緯を粘り強く説明してきたことが紹介され、数式だけでなく研究文化や命名の力学も、この分野の歴史の一部として語られています。
4. 瞬間固有状態で展開する
断熱定理の導出では、各時刻の瞬間固有状態
を基底として波動関数を展開します。動的位相を分けて
と書きます。板書では
を使い、位相差を
この展開をシュレーディンガー方程式に代入し、左から
が出ます。右辺の
が、瞬間固有基底そのものが動くことによって生じる非断熱結合です。
固有値方程式を
です。
を得ます。符号は分母を
で大きくなり、分母にエネルギーギャップが現れます。
5. 励起振幅を評価する
初期状態が基底状態で、
とします。励起状態
です。ここで
としました。
板書では、この振動積分を部分積分して
を満たすため、積分から
となります。励起確率を
が必要です。よく言われる「断熱時間は最小ギャップの2乗の逆数で効く」という見方は、ここから出ます。
線形スケジュールでは
6. 基底状態への収束を保証する横磁場の減衰
部分積分の議論は、スケジュールの端点を滑らかにする発想につながります。板書では、森田・西森スケジュールとして
を満たすようにスケジュールを設計する考え方が示されています。
の次数で小さくなる、という形で改善されます。
この話の要点は、ギャップの最小値だけを見て「時間を長くする」ことではありません。ハミルトニアンの変化をどの時刻でどれだけ急にするかが、非断熱遷移を決めます。端点で急に動き出したり止まったりすると、そこで励起を作ります。端点の導関数を消すことは、始め方と終わり方を丁寧にする工夫です。
コラム 1日目 3:03:47-3:05:27
「断熱」という言葉の違和感
終盤では、「断熱」という言葉が熱浴のない孤立系にも使われることへの違和感が話題になりました。ここでの断熱は、熱の出入りがないという日常語の意味よりも、ゆっくり変えて励起を起こさないという量子力学の慣習的な意味で使われています。
森田・西森スケジュールは、その「ゆっくり」を一様な遅さではなく、非断熱遷移を起こしやすい場所で丁寧に通るための設計として読むと分かりやすくなります。ギャップが小さい場所が分かるならそこを遅く、分からなくても始点と終点の傾きを落とす、という発想です。
終盤では、「断熱」という言葉が熱浴のない孤立系にも使われることへの違和感が話題になりました。ここでの断熱は、熱の出入りがないという日常語の意味よりも、ゆっくり変えて励起を起こさないという量子力学の慣習的な意味で使われています。
森田・西森スケジュールは、その「ゆっくり」を一様な遅さではなく、非断熱遷移を起こしやすい場所で丁寧に通るための設計として読むと分かりやすくなります。ギャップが小さい場所が分かるならそこを遅く、分からなくても始点と終点の傾きを落とす、という発想です。
この場面では、「断熱」という言葉への違和感が取り上げられます。熱浴がない孤立量子系の議論なのに、なぜ断熱と呼ぶのかという問いに対し、ここでの断熱は熱の出入りではなく、ゆっくり変えて励起を起こさないという量子力学の慣習的な用語だと説明されます。
講義では、この違和感自体は自然なものだとも語られます。熱が出てこないなら断熱ではないのでは、と大学院生の頃に自分でも思ったし、セミナーで突っ込んだこともある、という笑いを交えながら、言葉に引っかかりすぎず数学的な内容を見るよう促しています。
そこからスケジュール改善の話へ移ります。ハミルトニアンの時間微分が非断熱遷移を生むなら、その微分や端点での寄与をうまく抑えれば、残留励起を小さくできるはずです。森田・西森スケジュールは、単に長く待つだけでなく、どこをどのようにゆっくり通るかを工夫する発想として導入されます。
7. 反断熱項を厳密に書く
CD駆動は、断熱ショートカット(STA)を実現する一つの方法です。STAの到達条件・QAでの研究一覧・手計算の例では、終点だけを合わせる逆設計との違いも扱います。
断熱的にゆっくり動かす代わりに、励起を打ち消す項を足すことができます。これが反断熱駆動、または counter-diabatic driving です。
瞬間固有状態
と置きます。この状態を有限時間でも厳密に追随させるハミルトニアンを
と書きます。シュレーディンガー方程式へ代入すると、
です。ここで
位相はゲージ自由度を持つので、対角成分を
と選ぶと、
となります。そのとき反断熱項は
です。ゲージを
と読めます。
さらに、固有値方程式の微分から
なので、
と書けます。ここまでが厳密なCD項です。
ただし、この式にはすべての瞬間固有状態とエネルギー差が必要です。大規模な最適化問題では、それ自体が難しいです。そのため講義はすぐに「実装可能な近似CD項」へ進みます。
8. 断熱ゲージポテンシャルの変分原理
厳密なCD項は、非断熱項を消す条件
が対角的になるように作られています。固有状態間の非対角成分で見ると、
が成立する、という形です。
Sels-Polkovnikovの変分的構成では、補間パラメータ
を定義します。そして
を解くことで、実装しやすい演算子族の中でCD項を近似します。
変分をとると
なので、
です。トレースの巡回性
を使うと、理想的には
を満たす方向に
線形補間
では
です。最も単純な候補として
が現れます。Ising目的ハミルトニアンと横磁場ドライバーを使うと、Pauli行列の交換関係により
が効くため、近似CD項には
9. QAOAへ続く橋
1日目の最後には、QAOAへ入る準備として、時間発展演算子
を離散化する見方が出てきます。時間幅
です。さらに
となります。この
コラム 1日目 3:49:13-3:52:13
QAOAへ渡して1日目を閉じる
1日目の最後には、翌日も13時20分開始、13時ごろから配信開始という案内がありました。大学院講義にYouTube Liveらしい反応が来るという軽い雑談もあり、硬い断熱定理の回が、翌日のQAOAと量子モンテカルロへ少し柔らかくつながって終わっています。
1日目の最後には、翌日も13時20分開始、13時ごろから配信開始という案内がありました。大学院講義にYouTube Liveらしい反応が来るという軽い雑談もあり、硬い断熱定理の回が、翌日のQAOAと量子モンテカルロへ少し柔らかくつながって終わっています。
1日目の締めでは、エネルギーギャップが一般には簡単に分からないこと、したがって断熱条件をそのまま実用的なスケジュール設計に落とすのは難しいことが確認されます。理論的には美しい条件があっても、実際に問題を解く場面ではギャップ推定そのものが困難になる、という量子アニーリングらしい難しさが残ります。
翌日の案内として、2日目も13時20分から始まり、13時ごろから配信する予定だと伝えられます。大学院講義でありながらYouTube Liveとして反応やスーパーチャットがあることへの驚きも語られ、硬い数式の講義が少しくだけた空気で閉じられます。
内容面では、1日目で連続時間の量子アニーリングと断熱追随を扱い、2日目にはQAOA、量子モンテカルロ、鈴木-Trotter分解へ進むという橋渡しになります。講義の終わり方自体が、連続時間の絵から離散的・統計力学的な絵へ移る予告になっています。








