補遺: ハバード・ストラトノビッチ変換と大関法
量子アニーリングを実問題に使うと、しばしば「制約」をどう入れるかが問題になります。たとえば、複数の候補から1つだけ選ぶ、合計が決まった値になるように選ぶ、交通量が特定の道路に集中しないようにする、といった条件です。QUBOやIsing模型では、このような制約を二乗ペナルティとして入れることが多いです。
ここで
たとえば
です。0-1変数では
1. 二乗を線形にほどく発想
ハバード・ストラトノビッチ変換は、二乗の指数関数を、補助変数についてのガウス積分で書き直す恒等式です。もっとも単純な形は、
です。右辺には
この式の直観は、「たくさんの変数が互いに直接つながっている相互作用」を、「共通の補助場を介して各変数が独立に感じる力」へ置き換えることです。全員が互いに握手する代わりに、全員が同じ掲示板を見る、と言ってもよいでしょう。掲示板に相当するのが補助変数です。
2. 制約ペナルティへの適用
目的関数
と書きます。
上の目的関数に含まれる二乗ペナルティへハバード・ストラトノビッチ変換を使うと、形式的には
となります。ここで
すると、定数因子を除いて
と書けます。この指数を
です。重要なのは、
3. 固定した補助場でアニーラを使う
補助変数
です。
ここで
のような線形和であれば、
ただし、これだけでは制約が自動的に満たされるわけではありません。
4. 期待値が制約に合うように更新する
固定した
とします。このとき対応する分布は
です。制約
になるように
です。
大関法の1ステップは、この説明をそのまま手順にしたものです。
を固定します。 - 二乗ペナルティを含まない
をアニーラやサンプラで解きます。 - 得られたサンプルから
を見積もる。 に従って を更新します。 - 制約違反と目的関数が十分小さくなるまで繰り返します。
この見方では、アニーラは元の巨大な制約付き問題を一発で解く装置ではありません。補助変数で作られた、その時点の有効Ising模型をサンプルする装置です。外側ではラグランジュ乗数がゆっくり更新され、内側ではアニーラが離散変数の候補を返します。連続変数と離散変数が交互に歩く、二重の反復法になっています。
5. 一番小さい例: K個だけ選ぶ
具体例で見ると、仕組みはかなり素直です。
です。普通に展開すると、
を解きます。これは各ビットに局所磁場がかかっただけの問題です。もしサンプルで選ばれた個数が
数分割問題も同じ形で見えます。数
と書けます。大関法では補助変数
のような局所磁場の問題に落とします。二乗で全員を結合する代わりに、各スピンが同じ
6. 交通流最適化での読み方
交通流最適化では、車
のように書けます。この二乗は、同じ道路を使う車どうしを広く結合させます。大関法では、道路ごとの補助変数
と読み替えます。すると各経路には
という局所的な重みがかかり、有効ハミルトニアンには
この構造があるため、全結合をそのままハードウェアへ埋め込む場合よりも大きな問題を扱いやすくなります。代表的な応用には、K個選択、数分割、線形方程式からの復元、二次元構造の復元、仙台市・京都市の交通流最適化があります。いずれも、二乗ペナルティを直接載せる代わりに、補助変数を更新しながら線形化された問題を繰り返し解く、という同じ骨格を持っています。
7. 何が解けて、何が残るのか
大関法は、難しい問題を簡単な問題へ魔法のように変える方法ではありません。二乗ペナルティから来る全結合や係数レンジの問題を、補助変数の更新問題へ移す方法です。元の
それでも、この置き換えには大きな意味があります。制約を大きな二乗ペナルティで押さえ込む代わりに、制約違反を観測し、そのずれに応じて外場を調整します。全結合相互作用をハードウェアに埋め込む代わりに、補助変数が作る局所場として実装します。統計力学で二体・多体相互作用を補助場にほどく発想が、量子アニーリングの実装上の制約を避けるアルゴリズムに変わっています。
この観点から見ると、大関法は「制約を罰する」方法から「制約を満たす外場を学習する」方法への移行です。アニーラは高速なサンプラとして働き、ラグランジュ乗数はサンプルの平均を見て更新されます。ハバード・ストラトノビッチ変換は、その2つをつなぐ翻訳辞書です。
参考文献: [1]。
参考文献
- Masayuki Ohzeki, “Breaking limitation of quantum annealer in solving optimization problems under constraints,” Scientific Reports 10, 3126 (2020). 出典
