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2日目: QAOA、量子モンテカルロ、p-spin模型 ​

動画 2026-09-02 / 5時間17分 / YouTube Live
対応PDF 科学大2026 p.12-21、20260903 p.7-12
主題 QAOA、Trotter分解、Pontryagin原理、SQA、有限温度量子系、p-spin模型

この日の式の地図 ​

2日目は、1日目の連続時間の量子アニーリングを、量子回路・古典確率・平均場解析へ翻訳する回です。QAOAは「離散化されたQA」として、SQAは「量子系を虚時間方向を持つ古典系としてサンプリングする方法」として、p-spin模型は「相転移とギャップの難しさを解析する模型」として出てきます。

段階式の役割対応ページ
QAOA交互ユニタリと評価関数を定義する科学大 p.12 / 20260903 p.7
Trotter/BCH非可換な時間発展をゲート列へ分解する科学大 p.12-13 / 20260903 p.7-8
最適制御QAOAの交互構造をbang-bang制御として読む科学大 p.14-15 / 20260903 p.8-9
量子モンテカルロ分配関数を虚時間方向の古典スピン系へ写す科学大 p.16-17 / 20260903 p.10
p-spin解析平均磁化を導入して自由エネルギーと鞍点方程式を出す科学大 p.18-20 / 20260903 p.11-12
QAOA解析QAOAの測定分布をp-spin模型で積分表示する科学大 p.20-21 / 20260903 p.12

コラム 2日目 0:00:27-0:17:44 / 0:17:44-0:21:37

配信前のウォームアップと、集中講義の中日

配信前には、スパースモデリングを料理番組風にたとえる遊びや、QFTをめぐる軽い導入が流れました。全データを律儀に見るのではなく、意味のある成分を選び、ノイズを落とすという発想を、講義前の肩慣らしとして置いています。

その後、集中講義は夏の風物詩だが、15コマや2単位の時間割を通常学期の外へ押し込むため、日程調整がかなり難しいと語られました。今回は3日間に圧縮され、2日目が体力的にも内容的にも最も苦しい山場だ、という位置づけです。

コラム 2日目 0:21:37-0:22:34 / 0:22:34-0:26:23

大学院講義が3000回近く視聴される違和感

2日目の冒頭では、1日目の配信が大学院講義としてはかなり多く視聴されていることへの驚きが語られました。通常の大学院講義は、受講者が数人から十数人でも珍しくありません。専門的な講義が開かれた形で残ること自体が、研究教育の形を少し変えています。

同時に、大学院生には自分の専門だけでなく、隣接分野や少し遠い分野にも触れてほしい、というメッセージがありました。QAOAやSQAの話が、量子計算だけでなく統計力学、制御理論、情報統計へ横断していくのは、その姿勢と一致しています。

1. QAOAの状態と評価関数 ​

QAOAでは、まず混ざった初期状態

|s⟩=⨂i=1N12(|1⟩i+|−1⟩i)

を用意します。これは横磁場ドライバー H^1 の基底状態に対応します。

深さ p のQAOA状態は

|γ,β⟩=∏k=1p(e−iβkH^1e−iγkH^0)|s⟩

です。板書では角度の記号として α も用いられていますが、役割は同じです。γk は目的ハミルトニアン、βk または αk はミキサーに対応する角度です。

最適化する評価関数は

Fp(γ,β)=⟨γ,β|H^0|γ,β⟩

です。H^0 をエネルギーとして最小化する約束なら Fp を小さくし、報酬として最大化する約束なら符号を変えて大きくします。大事なのは、スピン配置を直接連続変数として動かすのではなく、量子回路の角度 γ,β を古典コンピュータで調整する点です。

科学大2026 p.12
科学大2026 p.12: QAOA状態と評価関数
20260903 p.7
20260903 p.7: QAOAとTrotter分解

コラム 2日目 1:55:39-2:23:19

QAOAでは、スピンではなく角度を最適化する

講義中盤では、QAOAが量子回路のパラメータを変分する方法として説明されました。探索しているのはスピン配置そのものではなく、目的ハミルトニアンとミキサーをどの順番で、どの角度だけ作用させるかです。

連続時間QAを時間分割し、ハミルトニアンの足し算を交互作用へ分け、さらに各時間幅を自由なパラメータとして解放するとQAOAになります。講義ではこれを、QAをデジタル化し、スケジュールを変分化したものとして整理しています。

2. QAからQAOAへ: 時間発展の離散化 ​

1日目の終わりに見たように、連続時間の時間発展は

U(T)=exp⁡(−iℏ∫0TdtH^(t))

です。時間を n 分割し、Δt=T/n、H^k=H^(kΔt) とすれば

U(T)≃∏k=1nexp⁡(−iΔtℏH^k)

と近似できます。各時刻のハミルトニアンが

H^k=fkH^0+(1−fk)H^1

なら、Trotter分解によって

U(T)≃∏k=1nexp⁡(−iΔtℏfkH^0)exp⁡(−iΔtℏ(1−fk)H^1)

と書けます。

この式の

γk=Δtℏfk,βk=Δtℏ(1−fk)

を固定スケジュールから切り離し、自由な変分パラメータとして最適化するとQAOAになります。n→∞ で連続時間QAに近づき、有限の p ではNISQデバイスで実行できる浅い回路になります。

3. Lie-Trotter、Suzuki-Trotter、BCH ​

非可換な演算子を含む時間発展では、指数関数を安易に分けることはできません。板書では、まずLie-Trotter分解

et(A^+B^)≃(etnA^etnB^)n(n→∞)

が書かれ、続いて対称なSuzuki-Trotter分解

et(A^+B^)≃(et2nA^etnB^et2nA^)n

が紹介されています。対称分解では誤差次数が改善されます。

なぜ誤差が出るかは、2次まで展開すると見えます。

et(A^+B^)=I+t(A^+B^)+t22(A^2+A^B^+B^A^+B^2)+⋯

一方で

etA^etB^=I+t(A^+B^)+t2A^B^+t22(A^2+B^2)+⋯

です。差は

etA^etB^−et(A^+B^)=t22[A^,B^]+⋯

で、非可換性そのものが誤差になります。Baker-Campbell-Hausdorff公式で書けば

etA^etB^=exp⁡[t(A^+B^)+t22[A^,B^]+O(t3)]

です。QAOAの交互ゲートが意味を持つのは、H^0 と H^1 が可換でないからです。可換なら順番を工夫する余地が消えてしまいます。

科学大2026 p.13
科学大2026 p.13: BCHとTrotter誤差
20260903 p.8
20260903 p.8: QAからQAOAへの離散化

コラム 2日目 2:00:07-2:07:14 / 2:07:14-2:11:00 / 4:31:46-4:33:16

鈴木-トロッター分解という名前の重み

鈴木-トロッター分解のところでは、鈴木増雄先生の仕事と、その流れを受けた統計力学の研究文化が語られました。数学的には指数演算子の分解ですが、量子スピン系の数値計算や量子古典対応へ持ち込んだことで、物理の道具として大きな意味を持ちます。

講義では、鈴木先生、西森先生、そして大関先生へ続く「道具を整理して、別の問題へ使う」系譜としても紹介されました。既存の式をただ引用するのではなく、この問題に使うと何が見えるかを発見するのが面白い、という研究観がここにあります。

後半の雑談では、海外滞在中に西森先生がSkypeで様子を聞いてくれた、という個人的なエピソードも語られました。こうした人のつながりも含めて、数式の系譜が単なる引用関係ではなく、研究文化として伝わっていることが見えてきます。

4. Pontryagin原理とbang-bang制御 ​

QAOAの交互構造は、最適制御の言葉でも理解できます。古典的な制御問題では、状態 x(t) が制御入力 g(t) によって

dxdt=f(x,g)

と動き、終端コスト

F(x(T))

を最小にする g(t) を探します。拘束条件をLagrange乗数 λ(t) で入れると、

J=F(x(T))+∫0Tλ(t)[f(x,g)−dxdt]dt

です。部分積分と変分により、Pontryagin関数

P(x,λ,g)=λf(x,g)

を用いた正準方程式

dxdt=∂P∂λ,dλdt=−∂P∂x

と、終端条件

λ(T)=−∇F(x(T))

が出ます。制御入力は

g∗(t)=arg⁡mingP(x∗(t),λ∗(t),g)

として選ばれます。

量子の場合は、状態 |ψ(t)⟩ と随伴状態 |χ(t)⟩ を用意します。目的関数は

F(T)=⟨ψ(T)|H^0|ψ(T)⟩

で、シュレーディンガー方程式

iℏddt|ψ(t)⟩=H^(t)|ψ(t)⟩

を拘束として加えます。終端変分から

|χ(T)⟩∝H^0|ψ(T)⟩

が出ます。

制御を f(t) とし、

H^(t)=f(t)H^0+{1−f(t)}H^1

と書くと、Pontryagin関数は

P(ψ,χ,f)=⟨χ|H^(t)|ψ⟩+⟨ψ|H^(t)|χ⟩=2Re⟨χ|H^(t)|ψ⟩

です。制御 f で微分すると

∂P∂f=2Re⟨χ(t)|H^0−H^1|ψ(t)⟩≡ϕ(t)

となります。ϕ(t) の符号によって、f(t) は端点 0 または 1 に張りつきます。つまり

ϕ(t)>0⇒f(t)=0,ϕ(t)<0⇒f(t)=1

というbang-bang制御が現れます。f=0 では H^1、f=1 では H^0 が作用するので、結果として H^1 と H^0 を交互にかけるQAOA型の構造が出ます。

科学大2026 p.14
科学大2026 p.14: Pontryagin原理
科学大2026 p.15
科学大2026 p.15: 量子制御とbang-bang構造

コラム 2日目 2:51:36-2:56:20 / 3:45:03-3:49:29

ロケット制御からbang-bang制御へ

Pontryagin原理は、1950年代の制御理論、特に限られた入力で軌道を制御する問題から生まれたものとして紹介されました。物理ではハミルトニアンが与えられて自然に動く、という見方が多いのに対し、制御理論では外からどう入力するかが主役になります。

QAOAとの接続では、制御を連続的に中途半端な値へ保つより、目的ハミルトニアンとミキサーをオン・オフで切り替えるbang-bang制御が自然に出る、と説明されました。講義では、QAOAが後から最適制御の言葉で理解し直されたことも、研究史の面白さとして語られています。

5. Quantum Schrodinger Bridgeの形 ​

板書では、Quantum Schrodinger BridgeもQAOAに近い最適制御の見方として出てきます。ここでは、ハミルトニアンそのものを滑らかに設計する問題として

J=∫0TTr[H^(t)2]dt+∫0Tdt{⟨χ|iH^+ddt|ψ⟩+⟨ψ|−iH^+ddt|χ⟩}

のような汎関数を考えます。第1項はハミルトニアンの大きさを罰則として測る項で、第2項は状態の時間発展を拘束する項です。

ハミルトニアンに関する変分をとると、

δJ=2Tr[H^δH^]−2Im⟨χ|δH^|ψ⟩=0

から

H^(t)=i(|ψ(t)⟩⟨χ(t)|−|χ(t)⟩⟨ψ(t)|)

の形が得られます。さらに状態方程式を使うと、理想化された設定では

dH^dt=0

となり、最小作用の経路が時間一定の有効ハミルトニアンで結ばれる、という見方になります。この話は3日目のSchrodinger bridge、拡散モデル、反断熱項の接続へ向かう前振りです。

コラム 2日目 2:45:14-2:51:36 / 4:09:50-4:18:26

講義準備の途中で、研究の芽が出る

休憩明けには、講義ノートを準備している途中で別の計算を思いつき、研究ノートのほうが進んでしまった、という裏話がありました。講義をするために整理しているはずが、整理そのものから新しい問いが生まれる、という研究者らしい場面です。

さらに後半では、この集中講義を量子アニーリングの教科書や今後の研究方向につなげたい、という話も出ています。QAOA、Pontryagin原理、Schrodinger bridgeのような話題を同じ流れに置くこと自体が、講義を通じた研究の整理になっています。

6. 有限温度の量子アニーリング ​

次に、量子系を有限温度で扱います。古典系のGibbs分布は

P(σ)=1Zexp⁡[−βE(σ)],Z=∑σexp⁡[−βE(σ)]

です。量子系では密度行列

ρ^=1Zexp⁡[−βH^],Z=Trexp⁡[−βH^]

を使います。

横磁場を含む

H^=H^0(σ^z)+H^1(σ^x),H^1=−Γ∑iσ^ix

では、H^0 と H^1 が可換でないので、そのまま古典確率にできません。そこでSuzuki-Trotter分解を使い、

Z=Trexp⁡[−β(H^0+H^1)]≃Tr[∏k=1Mexp⁡(−βMH^0)exp⁡(−βMH^1)]

とします。各Trotterスライスの間に完全性

I=∑σk|σk⟩⟨σk|

を挿入すると、トレースは虚時間方向に周期境界条件を持つ古典スピン和になります。

横磁場1スピン分の行列要素は

exp⁡(βΓMσ^x)=cosh⁡(βΓM)I+sinh⁡(βΓM)σ^x

です。これを隣り合うTrotterスライスの古典スピン σi,k,σi,k+1 の相互作用として

⟨σi,k|eβΓMσ^ix|σi,k+1⟩=CeKσi,kσi,k+1

と書くと、

e−2K=tanh⁡(βΓM),K=−12log⁡tanh⁡(βΓM)

です。したがって分配関数は、定数因子を除いて

Z∝∑{σi,k}exp⁡[−βM∑k=1MH0(σk)+K∑i=1N∑k=1Mσi,kσi,k+1]

となります。これがSQAの基本式です。d 次元の量子系が、虚時間方向を加えた (d+1) 次元の古典系として見える、という講義中の説明はこの式に対応しています。

科学大2026 p.16
科学大2026 p.16: 有限温度量子系の分配関数
20260903 p.10
20260903 p.10: 横磁場の行列要素とTrotter方向相互作用

コラム 2日目 0:31:34-0:35:05 / 4:50:06-4:56:58

SQAと量子モンテカルロ、呼び名で見える歴史

講義序盤では、最近はSimulated Quantum Annealing、SQAと呼ぶ人が多いが、以前からこの分野にいる人は量子モンテカルロ法と呼ぶことが多い、という軽い世代談がありました。OpenJijなどの文脈から入った人にはSQAという名前のほうが自然で、古くから統計物理で扱っていた人には量子モンテカルロのほうが馴染み深い、という違いです。

鈴木-トロッター分解の物理的意味は、量子系を虚時間方向に1次元増やした古典系として読むことにあります。講義では、数学的な分解公式としてだけでなく、量子スピン系を古典確率モデルとして扱えるようにした点が強調されました。

コラム 2日目 5:00:00-5:02:08 / 5:02:08-5:10:58

stoquastic/non-stoquasticは、単なる専門用語ではない

終盤では、行列要素が確率分布として扱えるかどうかが、量子系を古典的にシミュレーションできるかに関わると説明されました。負の成分や虚数成分が出ると、素直な確率分布へ翻訳できなくなります。

stoquasticは、量子系を確率的に扱えるという意味を持つ語として紹介され、non-stoquasticはその対応が難しい場合を指します。日本語にしづらい語でもあり、定義の厳密化にも余地がある、と補足されました。

同時に、横磁場だけだから量子アニーリングはつまらない、という見方には距離が置かれています。基底状態以外のダイナミクスやギャップ、実デバイスで試せる相互作用を考えると、まだ研究すべき問題は多い、という強いメッセージです。

7. p-spin模型の平均場解析 ​

p-spin ferromagnetic modelは、量子アニーリングの相転移やギャップを解析する標準模型です。目的ハミルトニアンは

H^0=−JNp−1∑i1,…,ipσ^i1z⋯σ^ipz=−NJ(1N∑iσ^iz)p

です。平均磁化

m=1N∑iσi

を使うと、エネルギーは −NJmp の形になります。

Suzuki-Trotter表示では、各スライス k に磁化

mk=1N∑iσi,k

を導入します。そのために

1=∫dmkδ(Nmk−∑iσi,k)

を挿入し、デルタ関数を補助変数 m~k で

δ(Nmk−∑iσi,k)∝∫dm~kexp⁡[−m~k(Nmk−∑iσi,k)]

と表します。すると分配関数は概略

Z∝∫∏kdmkdm~kexp⁡[NβJM∑kmkp−N∑kmkm~k](∑{σk}e∑km~kσk+K∑kσkσk+1)N

となります。N 個のスピンが独立に同じ1次元鎖を持つ形になり、平均場解析が可能になります。

静的近似では

mk→m,m~k→βMm~

と置きます。このとき、1スピンの有効2準位問題は

A^=βM(m~ΓΓ−m~)

で表され、固有値は

λ±=±βMm~2+Γ2

です。したがって

TreMA^=2cosh⁡[βm~2+Γ2]

が現れます。最終的に

Z=∫dmdm~exp⁡{N[βJmp−βmm~+log⁡2cosh⁡(βm~2+Γ2)]}

の形になります。

N→∞ では鞍点法を使います。一般に

I=∫dxeNf(x)≃eNf(x∗),∂f∂x|x=x∗=0

です。ここから鞍点方程式

m~=pJmp−1

と

m=m~m~2+Γ2tanh⁡[βm~2+Γ2]

を得ます。

極限の読み方は明快です。

β→∞

で温度を0に近づけ、横磁場 Γ を動かすと量子アニーリングの平均場方程式になります。一方で

Γ→0

として温度 β−1 を動かすとシミュレーテッドアニーリングの平均場方程式になります。温度と横磁場がどちらも「秩序を崩す方向」に働くことが、この式から見えます。

科学大2026 p.18
科学大2026 p.18: p-spin模型と磁化制約
科学大2026 p.20
科学大2026 p.20: 自由エネルギーと鞍点方程式

7.1 non-stoquastic系としての反強磁性XX模型 ​

横磁場だけのp-spin模型では、p≥3 で一次相転移が現れやすいです。ここでいう一次相転移とは、自由エネルギーの最小点が、量子常磁性相の谷から強磁性相の谷へ不連続に飛ぶことです。断熱計算の言葉では、この飛びは小さなエネルギーギャップとして見えます。とくに平均場的な一次転移では、最小ギャップがしばしば Δmin∼e−aN のように閉じ、断熱時間が指数的に長くなります。

Seki--Nishimoriの発想は、ここで横磁場のかけ方そのものを変えることでした。標準の横磁場

V^TF=−∑i=1Nσ^ix

に加えて、横方向の全磁化に反強磁性的な相互作用を入れます。

V^XX=N(1N∑i=1Nσ^ix)2

係数が正なので、σx 方向へ全員が同じ向きにそろう状態は得をしません。横磁場は x 方向にそろえようとします。一方、V^XX はその横磁化を押し返します。この二つの量子ゆらぎが競争します。

全体のハミルトニアンは

H^(s,λ)=s{λH^0+(1−λ)V^XX}+(1−s)V^TF,0≤s,λ≤1

と書けます。λ=1 は通常の横磁場量子アニーリングです。λ を小さくすると、途中の経路で反強磁性XX項が効きます。ただし最後は s=λ=1 へ行くので、最終ハミルトニアンはもとのp-spin模型 H^0 です。答えを変えるのではなく、答えへ向かう道を変えています。

なぜこれがnon-stoquasticなのかも、ここで見ておきましょう。σz 基底で見ると、−σ^ix は一つのスピンを反転する非対角要素を負で持ちます。この符号は、経路積分表示で正の確率重みに直しやすいです。一方、

V^XX=1N∑i,jσ^ixσ^jx

には、二つのスピンを同時に反転する非対角要素が正の係数で入ります。非対角要素の符号をすべて非正にそろえられないため、標準的な量子モンテカルロでは符号問題が顔を出します。この「古典確率として扱いにくい」という性質が non-stoquastic です。

平均場解析では、縦磁化だけでなく横磁化も秩序変数にします。

mkz=1N∑iσi,kz,mkx=1N∑iσi,kx

各Trotterスライス k で、縦方向と横方向の制約を入れます。

1=∫dmkzdm~kzexp⁡[−m~kz(Nmkz−∑iσi,kz)]

1=∫dmkxdm~kxexp⁡[−m~kx(Nmkx−∑iσi,kx)]

この二つを入れると、全結合の相互作用は集団変数 mkz,mkx の関数になり、スピンごとの和は一体問題へ落ちます。静的近似では

mkz→mz,mkx→mx

と置きます。一スピンが感じる有効な縦場と横場を

hz=psλ(mz)p−1,hx=1−s−2s(1−λ)mx

と定義すると、擬自由エネルギーは

f(β,s,λ;mz,mx)=(p−1)sλ(mz)p−s(1−λ)(mx)2−1βlog⁡2cosh⁡[βhz2+hx2]

と書けます。V^XX があるため、横場 hx は単なる 1−s ではなく、現在の横磁化 mx によって押し戻されます。

鞍点条件は

mz=hzhz2+hx2tanh⁡[βhz2+hx2],mx=hxhz2+hx2tanh⁡[βhz2+hx2]

です。通常の横磁場だけなら hx=1−s ですが、反強磁性XX項を入れると hx が自己無撞着に決まります。横方向へ全員がそろいすぎると −2s(1−λ)mx が効き、量子常磁性相の谷が押し上げられる。すると、mz=0 の谷と mz≠0 の谷がいきなり入れ替わるのではなく、連続的に移り変わる経路が現れることがあります。

零温極限では tanh が1になり、長さ1の古典ベクトルで見ても同じ構造が見えます。

f(s,λ;mz,mx)=(p−1)sλ(mz)p−s(1−λ)(mx)2−hz2+hx2

Seki--Nishimoriの解析では、この (s,λ) 平面を調べ、通常経路 λ=1 では一次転移を横切るp-spin模型でも、λ を小さくした領域を通ると一次転移を避けられる場合があることが示されます。とくに中間的な p では、一次転移線のかわりに二次転移線を通る経路が現れ、有限サイズのギャップ計算でも指数的な閉じ方から多項式的な閉じ方への改善が見えます。

ここで大切なのは、non-stoquastic項が「入れれば常に速くなる魔法の項」ではないことです。役割は、自由エネルギー地形を変える設計変数です。量子常磁性相の谷、強磁性相の谷、横磁化を罰する項の強さ。この三者の釣り合いで、一次転移が残る場合もあれば、二次転移へ変わる場合もあります。だからこそ、ハミルトニアンを作ったら、最後はこの講義で何度もやっているように、秩序変数を置き、補助場でほどき、鞍点方程式を見て、相図を読む必要があります。

参考文献: [1], [2]。

8. QAOAをp-spin模型で見る ​

最後に、QAOAの測定分布をp-spin模型の解析へつなげます。QAOA状態を測定して古典配置 σ が出る確率は

Pα,γ(σ)=|⟨σ|α,γ⟩|2

です。統計力学的な解析では、これを用いて

Z=∑σ∫dαdγexp⁡[−βE(σ)]Pα,γ(σ)

のような量を考えます。ここでは α,γ も最適化される自由度として扱われます。

深さ p=1 なら

|α,γ⟩=e−iαH^1e−iγH^0|s⟩

です。H^0 が σ^z 対角であることを使うと、

|α,γ⟩=(12)N∑σe−iαH^1e−iγH0(σ)|σ⟩

と書けます。

p-spin模型では、磁化を入れることで

e−iγH0(σ)=∫dmdm~exp⁡[−iNγJmp−Nmm~+m~∑iσi]

の形にします。また横磁場のミキサーは

e−iαH^1=∏i(cos⁡αI+isin⁡ασ^ix)

と分解できます。さらに

em~σ^z=cosh⁡m~I+sinh⁡m~σ^z

なので、1スピンあたりの行列

A^(α)=cos⁡αI+isin⁡ασ^x,B^(γ,m~,m)=e−iγJmp−mm~em~σ^z

を使って、全体は1スピンのトレースの N 乗に落ちます。板書の深さ1の構造をまとめると、

Z=∑σ0,σ1,σ2∫dγdα∏a=02dmadm~aeNΦ(ma,m~a;α,γ)[TrB^†(γ,m~2,m2)A^†(α)em~0σ^zA^(α)B^(γ,m~1,m1)]N

のような形です。ここで Φ には、Gibbs重み、QAOAの前向き経路、複素共役の後ろ向き経路から来る

NβJm0p−iNγJm1p+iNγJm2p−N∑a=02mam~a

が含まれます。

この式は長く見えますが、講義で強調したい構造は単純です。QAOAの確率は、前向きの量子経路と後ろ向きの複素共役経路を合わせたものとして書けます。p-spin模型では平均磁化を入れることで、その経路積分を鞍点問題へ落とせます。こうして、量子回路アルゴリズムを統計力学の相転移問題として解析する道が開きます。

科学大2026 p.21
科学大2026 p.21: QAOAのp-spin積分表示
20260903 p.12
20260903 p.12: QAOA版の平均場解析

コラム 2日目 5:11:45-5:12:18 / 5:12:18-5:13:43

Fokker-Planckへ向けて、3日目へ渡す

予定時刻を少し越えて、2日目は量子モンテカルロ法とstoquastic/non-stoquasticの話で区切られました。翌日はFokker-Planck方程式、虚時間Schrodinger方程式、拡散モデルとの関係へ進むと予告されます。

締めの雑談では、準備しながら自分でも新しく分かったことがあり、研究ネタが二つほど思いついた、と語られました。講義を作ることが、そのまま研究を進めることにもなる、という2日目らしい終わり方です。

参考文献 ​

  1. Yuya Seki, Hidetoshi Nishimori, “Quantum annealing with antiferromagnetic fluctuations,” Physical Review E 85, 051112 (2012). 出典

  1. Hidetoshi Nishimori, Kabuki Takada, “Exponential Enhancement of the Efficiency of Quantum Annealing by Non-Stoquastic Hamiltonians,” Frontiers in ICT 4 (2017). 出典