Skip to content

補遺: Landau-Zener遷移 ​

量子アニーリングで「ゆっくりハミルトニアンを変える」と言うとき、何が起これば成功で、何が起これば失敗なのでしょうか。その最小模型がLandau-Zener遷移です。二準位系のエネルギー差を時間に比例して変え、二つの状態を横方向の結合で混ぜる。たったこれだけで、量子ゆらぎ、エネルギーギャップ、非断熱遷移、アニーリング時間の意味が見えてきます。

1. 二準位ハミルトニアン ​

基底 |0⟩,|1⟩ を取り、ハミルトニアンを

H^(t)=ℏ(−αtσ^z−gσ^x)

とします。行列で書けば

H^(t)=ℏ(−αt−g−gαt)

です。α は縦磁場を掃引する速さ、g は二つの状態を混ぜる横方向の結合です。

g=0 なら、二つのエネルギーは

E0(t)=−ℏαt,E1(t)=ℏαt

で、t=0 で交差します。しかし g≠0 なら交差は避けられます。固有エネルギーは

E±(t)=±ℏ(αt)2+g2

となり、エネルギーギャップは

Δ(t)=E+(t)−E−(t)=2ℏ(αt)2+g2

です。最小ギャップは

Δmin=2ℏg

です。横磁場がないとギャップは閉じ、横磁場があるとギャップが開きます。この一点が、量子アニーリングの直観をかなり支えています。

コラム 2024大学院講義 第7回 0:18:00-0:22:00

Landau-Zenerを避けずに読む理由

Landau-Zener遷移は古典的なトピックですが、量子アニーリングを考えるうえでは今でも避けて通れません。講義では、式そのものは二準位系の練習問題のように見えるのに、解析は意外に難しく、だからこそ何度も新しい導出が工夫されてきた、という雰囲気も紹介されました。

ここで学ぶべきことは、古い問題を暗記することではありません。横磁場が状態を混ぜ、ギャップを作り、掃引速度と競争します。その競争の最も小さな舞台がLandau-Zener問題です。

2. 横磁場がない場合 ​

まず g=0 とします。状態を

|ψ(t)⟩=a(t)|0⟩+b(t)|1⟩

と置くと、Schrodinger方程式から

a˙(t)=iαta(t),b˙(t)=−iαtb(t)

が得られます。解は

a(t)=a(t0)eiα(t2−t02)/2,b(t)=b(t0)e−iα(t2−t02)/2

です。振幅の絶対値は変わらず、位相だけが回ります。つまり、|0⟩ と |1⟩ の間の遷移は起こりません。縦磁場をどれだけ掃引しても、状態を混ぜる項がなければ、基底のラベルは固定されたままです。

3. 横磁場がある場合 ​

g≠0 では、

a˙(t)=iαta(t)+igb(t),b˙(t)=iga(t)−iαtb(t)

となります。二つの微分方程式が結合し、a と b が互いに流れ込みます。横磁場が状態遷移を作る、というのはこの連立方程式の中身です。

瞬間固有状態を

H^(t)|±(t)⟩=E±(t)|±(t)⟩

と書きます。t→−∞ では基底状態はほぼ |1⟩、t→+∞ では基底状態はほぼ |0⟩ です。十分ゆっくり掃引できれば、状態は瞬間基底状態を追いかけ、|1⟩ から |0⟩ へ移ります。

4. 位相を外して振幅を追う ​

ここから、公式をただ眺めるのではなく、振幅の計算を追ってみます。連立方程式の中で大きく振動しているのは、縦磁場 αt が作る位相です。横磁場がなければ、a,b の絶対値は変わらず、位相だけが exp⁡(±iαt2/2) として回っていました。そこで、その速い位相を先に外し、残りのゆっくりした部分を c(t),d(t) と書きます。

a(t)=eiαt2/2c(t),b(t)=e−iαt2/2d(t)

これを連立方程式に代入します。a の式では、eiαt2/2 を微分したときに出る iαt が、もとの iαta とちょうど打ち消し合います。同様に b の式でも、−iαt の部分が消えます。残るのは横磁場による混合だけです。

c˙(t)=ige−iαt2d(t),d˙(t)=igeiαt2c(t)

これは回転座標系に移ったような式です。縦磁場によってぐるぐる回る位相は吸収され、横磁場 g が c と d をつなぐ役として残ります。初期時刻で基底状態、すなわちほぼ |1⟩ にいるとすると、

c(−∞)=0,d(−∞)=1

です。まず c˙ の式を積分すると、

c(t)=ig∫−∞te−iαt22d(t2)dt2

となります。これを d˙ の式へ代入すると、d だけを含む積分微分方程式が得られます。

d˙(t)=−g2eiαt2∫−∞te−iαt22d(t2)dt2

ここで大切なのは、e−iαt22 は位相が二次関数なので激しく振動する一方、d(t2) は横磁場によってゆっくり変わる量だ、という見方です。そこで積分の中では d(t2) を現在時刻の d(t) で代表させます。これはMarkov近似、あるいは「速い振動と遅い振幅を分ける」近似です。

d˙(t)≃−g2eiαt2(∫−∞te−iαt22dt2)d(t)

したがって

d(t)≃exp⁡[−g2∫−∞teiαt12(∫−∞t1e−iαt22dt2)dt1]

となります。ここまで来ると、量子力学というより、あとは振動する積分をどう評価するかという問題になります。

5. Fresnel積分を評価する ​

最終時刻 t→∞ で必要なのは、次の二重積分です。

I=∫−∞∞eiαt12(∫−∞t1e−iαt22dt2)dt1

内側の積分範囲を 0 で分けます。

I=I1+I2

ただし

I1=∫−∞∞eiαt12(∫0t1e−iαt22dt2)dt1,I2=∫−∞∞eiαt12(∫−∞0e−iαt22dt2)dt1

I1 は、t1↦−t1,t2↦−t2 と変数変換すると、積分範囲の向きだけが反転して I1=−I1 となります。したがって

I1=0

です。残る I2 は、内側が t1 に依存しない定数なので、二つのFresnel積分の積になります。α>0 として、

∫−∞∞e±iαt2dt=παe±iπ/4

を使うと、

I2=(∫−∞∞eiαt12dt1)(∫−∞0e−iαt22dt2)=12πα

です。したがって

d(∞)≃exp⁡(−πg22α),|d(∞)|2≃exp⁡(−πg2α)

が得られます。d は初期の |1⟩ 成分に残る振幅です。t→+∞ では |1⟩ は高いエネルギー側なので、|d(∞)|2 は「基底状態へ乗り換えられずに取り残される確率」です。一方、低エネルギー側の |0⟩ へ移る確率は、正規化から

|c(∞)|2≃1−exp⁡(−πg2α)

となります。g2/α が小さいときには

1−exp⁡(−πg2α)=πg2α+O(g4α2)

で、横磁場が弱い、あるいは掃引が速いと、低エネルギー状態への乗り換えは小さくなります。この計算は、Landau-Zener公式の指数が「横磁場の二乗」と「掃引速度」の比で決まることを、手を動かして見せてくれます。

6. Landau-Zener公式の読み方 ​

Landau-Zener問題の有名な結果は、初期時刻 t=−∞ で基底状態にいた系が、掃引後に励起状態側へ残る確率

PLZ=exp⁡(−πg2α)

です。この式は、上で採用したハミルトニアン

H^/ℏ=(−αt−g−gαt)

の規約に対応します。文献によって t の係数を半分に置くことがあり、その場合は指数の係数が異なる形で書かれます。物理的な意味は同じです。

式から分かることは明快です。g が大きいほど指数は大きな負の値になり、失敗確率は小さくなります。α が小さい、つまり掃引が遅いほど、やはり失敗確率は小さくなります。

g↑orα↓⟹PLZ↓

これが「ギャップが大きいところは速く動かしてもよいが、ギャップが小さいところはゆっくり動かす」という断熱計算の基本直観です。

コラム 2024大学院講義 第7回 1:22:00-1:33:00

横磁場が遷移を起こす

横磁場がないと、縦磁場をどれだけ変えても、状態は位相を回すだけで別の基底状態へ移りません。横磁場が入ると、二つの状態が混ざり、基底状態を追いかける道ができます。

講義では、$P_{\rm LZ}$ の指数を見ながら、横磁場を大きくすること、掃引をゆっくりにすることが、低エネルギー状態への追随を助けると説明されました。量子アニーリングの「横磁場を入れて、ゆっくり変える」という言葉が、ここで初めて式として手触りを持ちます。

7. 断熱条件との関係 ​

一般の時間依存ハミルトニアンでは、瞬間固有状態 |n(t)⟩ を用いて、非断熱遷移を抑える条件を

|⟨m(t)|H^˙(t)|n(t)⟩|(Em(t)−En(t))2≪1(m≠n)

のように書きます。分子はハミルトニアンを動かす速さ、分母はエネルギーギャップの二乗です。

Landau-Zener模型では、H^˙=ℏασ^z なので、速く掃引するほど非断熱遷移が増えます。最小ギャップが 2ℏg なので、g が小さいほど危険です。この二つの量の競争が、公式の指数 πg2/α に圧縮されています。

8. 量子アニーリングへの翻訳 ​

量子アニーリングでは、

H^(s)=(1−s)H^init+sH^prob,s=s(t)

のようにハミルトニアンを変えます。途中で小さなギャップが現れると、Landau-Zener遷移と同じ構図で励起状態へ漏れます。失敗を抑えるには、

dsdt∝Δ(s)2

のように、ギャップが小さい場所でスケジュールを遅くするのが自然です。この考えは、補遺: グローバー探索問題で局所断熱スケジュールとして具体化され、補遺: QAの収束定理では一般のIsing型最適化問題に対する十分条件として現れます。

板書画像では、大学院講義2024板書 p.25、p.26、p.27、p.28でLandau-Zener遷移の計算を確認できます。参考文献: [1], [2]。

参考文献 ​

  1. Clarence Zener, “Non-adiabatic crossing of energy levels,” Proceedings of the Royal Society of London. Series A, Containing Papers of a Mathematical and Physical Character 137, 696–702 (1932). 出典

  1. Eric P Glasbrenner, Wolfgang P Schleich, “The Landau–Zener formula made simple,” Journal of Physics B: Atomic, Molecular and Optical Physics 56, 104001 (2023). 出典